「おっせえな…」


久々の休日なのにどうして俺が木兎の
買い物に付き合わなきゃいけないのか。というか誘っておいて俺より遅いってなんだ。若干のイライラを募らせながらも人の流れを見ていると、きょろきょろと不安そうに辺りを見渡すお婆ちゃんがいることに気付いた。道にでも迷ってるんだろうか。声をかけようかと迷っていたとき、清楚な感じの綺麗な女の子が近寄ってきたのが見えた。


「お困りですか?」
「ああ、ここに行きたいんですが…」
「はいはい、えーっと…あ、ここならすぐそこですよ。そこの信号を渡って左にまっすぐです」


一瞬孫かと思ったけれど、聞こえた話し声でそうじゃないとわかった。親切な子もいるんだな。俺と歳近そう。お婆ちゃんは安堵のため息をついて笑顔で去って行った。その背中を見送った彼女は人と待ち合わせしていたようで、人波の中の誰かに手を振った。彼氏かな、と若干落ち込むも手を振り返していたのはまたまたお婆ちゃん。でも今度は彼女に雰囲気が少し似ているのがわかった。


「おばあちゃんいらっしゃい!遠いところありがとうね」
「いいやぁ、こちらこそお迎えありがとうね。お母さんは?」
「車にいるよ!はい、手貸すから!」


足が悪そうなお婆ちゃんの手を笑顔でとる彼女。いい子だなぁ、と感心していると彼女の鞄からひらりとハンカチが落ちた。本人は気付いていないようで、慌てて拾って追いかけた。


「あの!」
「はい?」
「落としましたよ」


緊張したものの、至近距離で見れた彼女に見惚れていると、彼女の顔が青ざめていったのがわかった。


「…?」
「ど、どう、も…」


俺からハンカチを受けとって頭をぺこりと下げてから、逃げるように彼女は背を向けた。な、なんで…。


「木葉ァ!遅くなった!」
「…木兎、俺って怖いのか…」
「?」


名前も知らない彼女を好きになりかけた休日。二度と会えないのは、少しさみしいと感じた。






「あー、ねみ…」


遅くまで買い物に付き合わされたせいで全然休んだ気がしない。うるさい教室は相変わらずで、むしろ安心して眠気が襲ってくる。身を任せて朝礼まで眠ろうかと瞼を閉じたとき、机をどん、と強く叩かれた。


「…あのさ、今ちょっといい」
「え…あ、ハイ…」


派手なメイクをしたクラスメイト。正直ちょっと苦手なタイプ。とは言ってもあんまり話したことないけど。人を見た目で判断するのもどうかと思うが、それしか判断材料がないのだから仕方ない。
嫌だなと思いながらも彼女についていくと、人通りの少ない美術室の前に連れていかれた。


「……」
「…(えー、無言かよ)」


はてさてどうしたものか、と思っていると、無言だった彼女は口を開いた。今さらだけど告白とかだったらやだなぁ。俺昨日のあの子にまだ未練たらたらなんだけど。


「き、昨日」
「昨日?」
「あ、ありがとう…」


ちゃんとお礼言えてなかった、と付け足して佐和は言った。目を泳がせながら。昨日。昨日は木兎にしか会ってない。だから礼を言われる理由が全く見当たらない。


「昨日ってさ、誰かと勘違いしてない?俺同じ学校のやつ木兎にしか会ってないし」
「……ハンカチ」
「ハンカチ?」


ポケットから出した何かを見せつけられる。それは綺麗で親切なあの子が落として俺が拾ったあのハンカチで。


「……は?」
「これ、おばあちゃんに買ってもらった大事なものだから、助かった。ありがとう」
「え、いやいや、え?」


状況がうまく飲み込めずあからさまに
戸惑っていると、俺を見上げて佐和はむっとした。


「普段と感じ違うからって戸惑いすぎだから」
「感じ違うってレベルじゃねぇだろ!?別人だ別人」
「同一人物だっつーの!失礼な!」


嘘だ、し、信じない…。だってあんなに図書館で本とか読んでるのが似合う子が…。


「…普段のよりあっちの方がかわいいのに」


そんな本音が漏れ出すほど、あの子に惹かれていた。目線を下げると、何故か頬が染まった佐和がいて。


「…う、うるさい!余計なお世話だ!」


俺を残して走り去った佐和は、振り向いて絶対誰にも言うなと言い残した。
言わないけど。何故逃げる。


「…あれ、俺佐和に何言った…?」


あっちの方がかわいい。事実だ。
…あれ?ちょっと告白してないか。


「…やっちまった…」


再会に喜ぶ暇もなく、青春は巡る。







(恋と青春の憂鬱)


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