遠くで虫の声が聞こえた。なんの虫かはわからないけど、あれはそう、秋の虫だ。


「…けーいしーんさーん」
「んだよ…早く寝ろ泰葉」
「寒くて寝れないよー」


布団の中、暖を求めて広い背中にくっつくと、くるりとこちらを向いた繋心さんが布団をかけ直してくれた。甘えて抱き着くと、仕方なさそうに大きな手がわたしの背中を撫でる。繋心さんの手は優しくて気持ちよくて、すごく安心する。


「はあー、あったかーい…」
「眠れそうか?」
「んー、もうちょっと」
「子守唄でも歌ってやろうか」
「それはいらなーい」


ふざけあっていたせいか、それとも繋心さんの体温がうつったのかわからないけど、少しだけ体が暖かくなったような気がする。夜だからか静かに笑う繋心さんをみていて、ふと、なんとはなしに誰かから聞いた話を思い出した。


「ね、繋心さん。前に聞いたことなんだけどね。人って、昔の知り合いとか、長い間会ってない人のことってだんだん忘れるでしょ?」
「だな」
「それでね、最初に忘れるのは声なんだって。その人の声が、最初に消えちゃう記憶なんだって。声が思い出せない知り合い、いる?」
「……おお、いるいる。何年か会ってないだけのやつでも全く思い出せねえわ」


繋心さんの声、わたしは好き。前にその話をしたら、こんなしゃがれ声が好きなんて変わってんな、と言われてしまったけど、やっぱり好き。ちょっと乱暴なのに、あったかくて優しい声。もし、いつか繋心さんと別れたら。そうじゃなくても、離れ離れになる日が来て、そのまま何年も暮らしたら。忘れちゃうのかな。わたしの名前を呼んでくれる、大好きなその声を。


「…やだなぁ」
「あ?」
「繋心さんの声、忘れたらやだなーって。ずっと覚えてたいよ。忘れたくない」


外は暗くて、今日はちょっと寒いから。こんな幸せもいつか終わるんじゃないか、って思えてくる。目をぎゅっと閉じて、繋心さんの胸に顔を押し付ける。ああ、繋心さんちのにおい。わたしの好きなにおいだ。


「…どうやったら、ずっと覚えてられるんだろ」
「……んじゃ、こういうのはどうだ」


なに?と聞こうとしたら、苦しいくらい抱き締められて、それから優しくなって、頭の上で繋心さんが泰葉、と呼んだ。


「泰葉」
「はあい?」
「泰葉」
「なーに」
「忘れないように、何回だって呼んでやる。だからちゃんと覚えとけよ。返事は?」


見上げたら、ちょっと恥ずかしそうに笑った繋心さん。全身がぶわっと熱くなって、どきどきして、心の底から嬉しいと思った。それでふと思いついた。


「……繋心さん、」
「無視か」
「繋心さん」
「なんだよ」
「わたしも呼ぶから、だから忘れないで。おじさんになって、おじいちゃんになっても、わたしの顔わかんなくなっても、わたしの声は覚えてて」


繋心さんの体にしがみついて、縋るように乞うようにそう言葉を吐いた。忘れたくない、だけじゃない。忘れてほしくない。ずっと、ずっと。呆れたようにわたしの頭を撫でた手は、やっぱり優しくて。


「お前みたいにうるさいやつ、忘れろっつー方が無理だろ」


そうやっていたずらっ子のように笑うから、わたしの不安なんて、いつだって消えてしまうの。

大好きなその声で呼ばれる度に、わたしは何回だって大好きなその名前を呼ぶから。だから応えて。繰り返し、わたしの名前を呼んで。忘れないように、何百回だって刻み付けてほしい。

秋の夜長にそんなことを祈ったら、いつの間にか繋心さんの腕の中で眠りについていた。



その声を、忘れないように。
2016.10.11


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