普段は、滅多にこんなこと思わないのに。

(キス、したいなぁ)



ヘタレの反撃にご注意ください



烏養さんの前に整列して、その声に耳を傾けつつも数秒おきに旭の後頭部に目線がいく。マネージャーは後ろの方に並ぶことになんとなくなってるけど、旭はみんなより背が高いから、わたしが一番後ろにいたってよくみえる。


「ーーよし、じゃあ今日はここまで」
「はい。ありがとうございました!!」
「「「「「あざーっしたあ!!!!!」」」」」


じゃあ片付けなー、と呼びかけた澤村の声で部員は散り散りになった。潔子や仁花ちゃんと片付けながら談笑しつつも、旭の動向を目で追ってしまう。


「(…あ、今ちょっとつまづいた)」
「泰葉」
「んー……あ、なに潔子?」
「こっちは片しておくから、東峰が気になるなら行ってきていいよ」
「え」
「わかりやすいんだから。今日ずっと見てるでしょ。ね、仁花ちゃん」
「あっハイ!私も気付きました!」
「潔子はともかく仁花ちゃんにまでバレたか…」


あちゃーと頭を掻いて少し悩むものの、結果的にごめんねと断ってから旭の方に足を向ける。


「(ああ、やだな、柄にもなく緊張してる。旭相手なのに)…よ、旭」
「ん?ああ、お疲れ泰葉」
「お疲れ」
「なに、どうかしたの」
「いやぁ…えっとね」
「?」
「あのー、なんと言いますか…」
「なに?」
「(言えるか!!そもそもこんなところでできるわけないじゃんちょっとは考えろ自分!)……くらえっ」


思わずしゃがみこんだわたしのちっぽけな葛藤とは裏腹に、何も知らない顔でいつも通り優しく微笑む旭が憎らしくなってしまって、八つ当たりに靴紐を引っ張った。


「あ。…もう、なんでこういうことするかなぁ。俺なんかした?」
「八つ当たり」
「とんだとばっちりだ…」


仕方なさそうに片膝をついて靴紐を手にする旭。そこでわたしは、はっとしてまわりを見渡した。近くには誰もいない。皆それぞれ片付けをしていてこっちを気にしてる人もいない。ならこれは、もしかしてチャンス?


「旭、旭」
「だからなん、」


旭のシャツを掴んで口を押し付けた。長い髪から香る旭の匂いとか、ちょっと汗ばんだ体とか。こんなに近付いたの久々かもしれない。ああ笑っちゃう、なんだか今すごくドキドキしてる。


「…用事、済んだ」
「………」
「……じゃ、じゃあそういうことで」


貼りつけたみたいなぎこちない笑いを浮かべながら立ち上がり、旭に背を向ける。キスしちゃった。学校なのに、みんないるのに。らしくない、全然いつものわたしじゃない。


「待っ、ストップ!!」


聞こえてきた声に足を止める。浅い深呼吸をしてどぎまぎしながら振り向くと、きりっとした顔で旭が近づいてきた。あっという間に詰まった距離。見上げて交わった目線が熱い。


「……今日、」
「…うん」
「一緒に帰ろう」
「…うん?う、うん、わかった」

「佐和さーん!!ちょっと来てくださーい!!」


そんな真面目な顔して言うことでもないだろうに。思わず間抜けな返答がこぼれると、遠くから部員の誰かがわたしを呼んだ。


「はいはーい!いま行くー!…じゃあ、またあとでね」


足を一歩踏み出したとき、ぐっと腕を掴まれた。びっくりしてよろけそうになると、後ろから伸びた手がわたしの肩を受け止めて支えてくれた。


「あ、ありがと旭…」
「…あとで…」
「?」


中途半端に途切れた言葉の続きを促すように顔を上げると、いたずらされた子どものような顔をして頬を染めた旭が、声をひそめて言った。


「…あとで仕返し、するから」


それだけ言ってそそくさと離れた後ろ姿から、わたしはしばらく目を離せなかった。再び誰かに名前を呼ばれてはっとする。声のする方に急いでも、さっきの旭の顔が頭から消えてくれない。


「ごめんごめん、って日向か」
「うす!…佐和さん、体調悪いんですか?」
「いいや、別に」
「そうですか?顔が赤いから熱あるのかと思いました!」


ならよかったー、と笑う日向。ああ、よくない、全然よくないんだよ。


「(旭のくせにかっこつけちゃって…かっこいいなちくしょう!!)」


いつも振り回しているのはわたしのような気がするけど。そうやって安易にわたしをときめかせるんだから、旭には到底敵わないんだなと思わずにはいられなかった。

おまけ


(ん…あさ、ひ…!こんなところでだめだってば、もうおしまい)
(泰葉だって体育館でしたくせに)
(でもここ外だし…わたし舌なんていれてないでしょ)
(仕返しって言っただろ。ほら口開けて)
(ちょ、んっ…)