「……はい?」
「いやだからさ、結婚。しよう」


本気とも冗談ともとれるその表情から、心理を見抜くのは到底無理。そう結論づけるまで時間はあまりかからなかった。


「遠慮しておきます」
「えーなんで。佐和ちゃん彼氏いんの?」
「佐和"先生"。彼氏はいません」
「じゃあいいじゃん」
「よくありません」


提出用の資料をまとめながら小さくため息が漏れた。放課後の教室は昼間とは違う空間みたいで、校庭から聞こえる運動部の活気ある声はどこか落ち着く。何部かしら、と目を向けると、ねえ、と声をかけられて、花巻くんの方へ顔を向ける。


「引っ掛かった」
「…先生をからかうんじゃありません」


頬に添えられた彼の人差し指を離しながらそう諭すと、悪そうな顔で笑う。やれやれどうしたものか。親しみを込める、というよりまるで遊ばれているような気分で。


「佐和ちゃんいつまでそれ書いてんの?」
「先生、です。しばらく終わりませんよ。というか花巻くんこそ、部活行かないと」
「今日は休みー。月曜日だから」
「…あら、そうなの」
「だから佐和ちゃんと遊び放題」
「わたしは遊んでるんじゃありません、実習生なんですから」
「教生なんて適当にやればいいじゃん」
「そんな気楽なものじゃないんです」
「つうかいい加減敬語やめない?堅苦しいし」
「やめませんし、あなたも敬語を使ってくれるとわたしは嬉しいんですよ」
「それはできねえかなー」


先生っぽくねえし、と加えられたその言葉に内心とても落胆する。それは先生にも他の教育実習生の子にも、そして生徒の子にも言われたこと。先生っぽくないって、だってわたしはまだ先生じゃないのだから仕方ないじゃない、威厳なんてあるわけないのに、と言い訳しつつもやっぱり気にしているあたり、わたしは要領が悪い。


「……ごめん、傷付いた?」


予期せぬ謝罪に顔をあげると、少し心配したようにわたしをみつめる目があって。傷付いた、というより自分に呆れたというのが正解であると思うけれど、とにかく、顔に出ていたのならそれは悪いことをしてしまった。


「いいえ、そんなことありませんよ。お気になさらず」
「俺ちょっとふざけただけで、別にそんな深い意味とか」
「ですから、傷付いてませんって。自分に呆れただけですよ」
「…ごめん、本当ごめん」


許して、と頭を下げる花巻くんに、一体全体どうすればいいだろう。色素の薄い短い髪に手を伸ばしたのは、恐らく本当になんとなくであったと思う。ただ、よく知らない年下の男の子の慰め方なんて正解がわからなくて、どうにか平気だとわかってほしくて。急に顔を上げた彼はびっくりしたように目を丸くした。


「あ、ごめんなさい勝手に…」
「……ずるいだろ…」


深いため息をついて俯く花巻くんの表情を覗き込もうとすると、その顔は仰向き、目と目が合って互いの息がかかるほどに近付く。重なりそうになった唇は静止して、そのまま少し上にずれ鼻先にキスを落とした。


「ちょっと、何して…!」
「佐和ちゃんのせいだかんね」


さっきの出来事や彼の言葉に呆然とすると、子供のようにはにかんで、自身の顔を手で覆った。


「…こんなに好きになるつもり、なかったのになぁ」


手の隙間から見えた頬があまりにも赤くて、だからさっき触れられた鼻の先からそれが移ってしまったんだ、きっとそうだ。


「…佐和ちゃんも顔、真っ赤じゃん」


それを隠すために俯いたわたしの髪を、今度は彼が撫で上げた。そんな、いつもと違う放課後の話。




(ね、佐和ちゃん、結婚しようよ)
(……)
(アレ?)
(…考えておきます)
(!!!)


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