「いい髪だあねー」


そんな声がして、背後から誰かに頭を撫でられた。背後、とは言っても俺は体育館のステージに寄りかかって立っているわけで、つまり後ろにというよりは、やや上というか。


「いたんですか、佐和さん」
「うん、さっき来たばっか」
「そんなとこに寝転がってると服、汚れますよ」
「だってこれから部活とかだるいんだものー」


ステージの上で横になって頬杖をつきながら、俺の頭を撫でる先輩マネージャー。人のことはあまり言えないが、何を考えているかよくわからないような飄々とした顔でそんなことをするから、実は結構振り回されているのはここだけの話。


「…なんで俺撫でられてるんですかね」
「触り心地がわたし好みでつい。すまんね」
「いや、別にいいですけど」


多少気を張らないといけない部活前だというのに、その手があまりにも快いものだから気が緩む。多分、気だけじゃなく顔も緩んでいるが、それは悟られることはないだろう。嫌がる素振りをみせなければ手を止めない彼女に、何か小さな仕返しをしてやりたくて、ふと思い立ち手を伸ばす。


「じゃあ俺も」
「お、触るかい。ぼっさぼさだけど」
「そんなことないと思いますけど。綺麗な髪ですよ」
「やめろやめろ、照れるじゃないかー」


はっはっはと抑揚をつけずに笑う器用な彼女。絡まることなくすっと指を抜けていく柔らかい髪。これが女の人の髪の毛か、なんだかずっと触っていられそう、というよりそうしたいと思える。それが髪のせいじゃなく彼女自身のせいとはもちろん知りながらも、気付かないふりをして撫で続けた。


「赤葦ー!練習始まる前にちょっとトスあげてくれー!!」
「……だってさ、赤葦」
「はあ…」
「赤葦もあれに毎日付き合わされて、かわいそうになぁ」
「面白がってるくせに」
「あ、バレたかー」
「当然です」

「赤葦ー!!!」

「ああもう、今行きますって…じゃあ、また」
「ん、いってらー」


せいぜい頑張りたまえ、と労いのような言葉を発しながらくしゃくしゃに頭を撫でる。一見意味も特にないような、感情なんて込められていないようなそんな言葉で、動作で、安易に喜べるなんて俺もお手軽になったものだ、と自分を嘲ってみた。


(鈍感な人だ、俺はあなたのせいでこんなにどきどきしてるのに)





赤葦おせーよ、と文句を垂れている木兎をいつものように躱す後輩。いつも通りの見慣れた光景、なのに。


「…勝手に触ってくれるなよなー」


自分のことは棚にあげて、そんなことを思う。だって、緊張するじゃないか、ときめいちゃったりするじゃないか。赤葦のくせに生意気だな、でも案外悪くないよ。素直に嬉しいなんて口にはできないし顔にも出ないけどさ。今、わたしは結構気分がいいんだ。


(ニクいやつだ、わたしはあれだけでこんなにどきどきできるのに)


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