女の子にきゃあきゃあ言われる徹が嫌いだった。ベタベタ体を触られたって崩れない綺麗な笑顔が嫌いだった。下心を剥き出しにした贈り物を快く受け取る徹が嫌いだった。わたしが彼女だってことも、付き合ってる人がいるってことも黙っててと言ったのはわたしの方なのに、今にも彼を取り巻く女の子たちを蹴散らして徹はわたしのだと叫んでしまいたくなる自分が心底嫌いだった。さらに言えば、そんなことをする勇気はなくただ彼らを見ていることしかできない自分が情けなくてしょうがなくて。偶然目が合うと、彼はわたしに彼女たちに向けているのと同じ笑みを向ける。薄っぺらい。そんな目でわたしを見ないで。背を向けてその場から走り去ったって、少女漫画のように彼が追いかけてくるはずもなかった。



「……はあ」


段飛ばしで階段を駆け上がり、屋上に続く扉の前に着いたとき、喉がひりひり焼かれるような、そんな痛みにため息した。泣きそう、なのかな。ここで涙でも流せれば愛らしいのに、そんなものは一滴も出なかった。薄情というか可愛げがないというか、でもそんな自分を嘲笑するぐらいにはまだ余裕があって安心した。よかった。まだいつものわたしでいられてる。


「泰葉」
「……学校で名前呼ぶなって言ってるでしょ」


背後からの声に心臓が跳ねた。本当は今すぐにでも抱き締めてほしかった。その声で早くわたしを呼んでほしかった。それでもわたしは振り向かない。嫉妬しているなんて悟られたくない。かっこ悪い自分を見せたくはないから。


「酷いなぁ、せっかく愛しの泰葉のために女の子たちを振り払って来たのに」
「そんなこと頼んでない」


口をついた言葉は感じが悪くて最悪だ。でも、憎まれ口でもたたいていないと本音をこぼしそうになる。徹は人をよく見てるから、気をつけなくちゃわたしの嘘だって簡単にバレてしまうかもしれない。嘘にまた嘘を重ねて、体の奥がどんどん重く沈んでくようで少し苦しかった。


「頼まれてないけど気になるんだよ。好きな子のことが気にならない男なんていないからね」
「それはとお…及川の問題でしょ。こんなところまでついてこないで」
「ねえ泰葉、さっきどんな顔で俺のこと見てたかわかってる?」


どんな顔、って当然笑ってなんかなかった。怒りがあったわけでもない。あるとするならそれは呆れ、そう、徹もその周りの子たちも毎日毎日飽きないな、と呆れていた。だからなんだというのだ。突然腕を掴まれて振り向かされると、目と目が合ってしまった。


「正解は、悲しそうで泣きそうな、かわいい女の子の顔してた」
「…してない、そんな顔」


思わず目を逸らしたのは図星だったからなんかじゃない。違う、そんな顔してない。ちゃんと一人になるまで気持ちを抑えた。だから絶対に、そんなことは。


「ねえ泰葉、よく聞いてて」


手を引かれて徹の頬まで持っていかれる。手のひらに触れた肌は男のくせにやけにすべすべしていてどきりとした。わたしを見下ろすその目があまりに艶やかで、息がしづらくて苦しい。


「俺の爪先から髪一本まで、もちろん心の中まで全部、泰葉のものだよ」
「………」
「泰葉のお願いならなんだって聞いてあげる。全部叶えてあげる。だから泰葉も全部俺に預けてね」


わかった?と付け加えられたその言葉はまるで脅し文句のようで、見つめられたその目から視線を逸らすことができない。背筋が凍る、なんてよく言うけどまさしく今はそんな感じなんだろう。でも、怖いと思う反面それに喜びを覚えているのも確かで、交互にやってくる恐怖と満悦で頭がおかしくなりそうだった。


「どうして泣くの。泣いてる泰葉も好きだけど」


困ったように笑われてはじめて自分が涙を流していたことに気付いた。痛い。もどかしい。呼吸がうまくできない。このどろどろの感情がそうさせる。全部この気持ちのせい。


「……ぎて…」
「なあに?」
「……徹が、好きすぎて苦しい…」


わたしにはそれしかない。気付かないふりをしても、蓋をしてみても、それ以外のすべてを飲み込んでしまうくらいに。ああなんて息苦しい。なのになんて愛おしい。美しいと呼ぶには程遠い愛情というやつが言葉にならない分目から零れた。


「…その口説き文句、最高」


口付けられたその場所から、何もかも混ざってしまえばいいのに。そしたらきっと伝わるのに。報われない、行き場のない気持ちを彼に注ぐように、ただひたすら唇を重ねた。




もしも人から、なぜ彼を愛したのかと問い詰められたら、「それは彼が彼であったから、私が私であったから」と答える以外には、何とも言いようがないように思う。
モンテーニュ


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