「じゃーんけーんほい」


咄嗟に反応した左手は握りこぶしで、彼の手がそれを包み込んだ。


「敗者は勝者の言うことをきかないとなぁ」


そう、にやりと笑いながら。





「随分歩いたなぁ」


呑気に呟いた二口の茶色い髪を、ぎゅっと引っ張った。いてて、と肩を竦めたかと思えば、あからさまな舌打ちが聞こえる。


「そんなことして…落としちゃうぞー」
「いいよ、むしろ降ろしてよ」
「あ、やっぱり駄目」


鼻歌交じりに再び歩き出した彼の肩をつつくと、間の抜けた声がその理由を問うてきた。


「しょっちゅうこんなことしてんの?」
「おんぶ?しねーよ滅多に」
「それもそうだけど、そうじゃなくて」


見慣れない高さから眺める景色で、より一層二口の背の高さを実感する。

不意打ちのじゃんけんを仕掛けた二口は、有無を言わせずわたしをおぶって授業真っ只中の校内を抜け出した。サボりなんて生まれて初めてで、悪いことをしているという罪悪感と、ほんの少しの高揚感がわたしの胸を満たしていたけれど、それには気付かないふりをしていた。


「というか、どこ行くの。この辺の道詳しくないから怖いんだけど」
「どっか遠くかなぁ」
「遠くって…帰れなくなったらどうすんの」
「そんときになってから考えればいいんじゃん?」


そんな無責任な、と嘆くわたしを他所にどんどん知らない道を進んでいく二口。自由が効かない上見知らぬ土地ということもあって、仕方なく彼の気が済むまで付き合おうと諦めた。


「……」
「…お、急に大人しくなった」
「騒いでも無駄だってわかったし」
「その通り」


足に直に触れられる手に、不覚にもちょっとだけ体が強張る。おんぶだなんて子供っぽいしどうしたって体が密着するし、そもそも仮にも年頃なんだから緊張するのが当たり前なのだ。なのに、事もなげにわたしをおぶって漫歩するこの男の頭の中はどうなっていることやら。せめてどうか、いつもより早い鼓動が伝わらないようにと体を反らすと、道が開けて河原が見えた。


「ちょっと休憩ー」


二口がしゃがみこんで数十分ぶりに足が地面につくと、立ち方を忘れたみたいな感覚でふらついて座り込んだ。わたしの隣に腰を下ろした二口は、伸びをしてあくびを一つする。


「いい天気だなぁ」
「…呑気ね、二口は。呑気っていうか軽い」
「よく言われる。先輩とかに」


ああ、やっぱり。心外だよなぁなんて呟く彼を横目に、わたし以上に振り回されているであろう先輩を不憫に思った。遠くの方で小学生くらいの子たちが楽しそうに歩いているのが見えて、なんとなくそれを見つめていたらほっぺたに違和感。


「…何」
「佐和の気を引こう的な」
「なんでよ」
「だってつまんねーからさぁ」


つつかれた手を払うと、大袈裟に寝転がって泣き真似をされる。それから目を逸らすと自分が上履きのまま連れてこられていたことに気付いて、そういえば今日の授業は先生が厳しい科目だったななんてことも思い出したりして、頭をよぎるいろんなことを投げ捨てるように足を放り出してため息した。


「……怒ってたりする?」


思いも寄らない問いに、え、とかは、なんて声しか出てこなくて、二口を見ると柄にもなく申し訳なさそうにわたしを見ているものだから余計に上手く頭が回らなかった。


「…え、っと…さっきも聞いたけどさ、よくこうやってサボるの?その…女の子とかと」


心のどこかで否定してと思っている自分を不審に思いながら尋ねれば、彼は唇を尖らせてそんなわけねーじゃん、とそっぽを向いた。…そのとき嬉しい、なんて思ったのはきっと、きっとわたしの勘違いだ。


「じゃあ…なんで、わたし?」
「…攫いたくて」
「は?」
「あー、いや、ちょっと待ってタンマ」


整った自身のその顔をぺちんと叩くと、大きく息を吐いて真剣な瞳に見つめられる。目と目が合って数秒、突然吹き出した彼に困惑した。


「なんだろうな、調子いいことはすらすら出てくんのに。……あのさぁ、」


再び真っ直ぐな目がわたしを見つめたかと思えば、耳元で小さく囁いた。


「                                                」


その言葉で早まる心拍数は、ロマンスの始まり。






「好きなんだけど、って言ったら信じてくれる?」









▽肉じゃが様

大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした、お久しぶりでございます。

二口さんにおんぶされる話を、とのことでリクエストをいただいてすぐに書き始めたのですが、これが思いの外うまくまとまらず約一ヶ月もかかってしまいました。

二口さん…難しいです。お気に召すものができていたらいいのですが。

長らくお時間をいただいてすみませんでした。そしてリクエストありがとうございました。またよろしければお願いいたします。

芹沢


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