登校中、わたしはとても重大なことに気付いた。呑気に学校に行ってる場合じゃなく、すぐにでも家に帰るべき事態だったけれど、それに気付いたとき既にわたしは学校の最寄り駅のホームにいた。
今から家に帰ったら遅刻は確定。仕方なく辺りを警戒しながら歩いていると、少し先に見知ったプリン頭が見えた。


「研磨ー!けーんまー!!」
「…何…」
「おはよう!」
「…うん、おはよ」


朝は元気な挨拶から。これはわたしのモットー。挨拶もほどほどに済ませたところで、本題に入る。


「研磨、恋人として大事なお願いがあります」
「…何ですか」
「ベスト、貸してください」






「いやーしかし参ったね、キャミ着忘れちゃってさ。ありがとうね研磨」
「別に、いいけど」
「しかしあれね、ここは本当に人が来ないね。全然いいけど」


今朝のピンチとは、キャミソールを着忘れたことだった。たまたま研磨が前を歩いていて、たまたま今日もベストを着ていたから助かった。
そして、昼休み。隣同士座ったわたしたちは静かに昼食をとっていた。この家庭科室は研磨が見つけた穴場で、家庭科の先生がずぼらで大抵鍵が開いているとのこと。わたしは空腹に耐えられないから基本的にはどこでも食べれるけど、研磨はできるだけ人のいない場所で食べたいらしい。変わってるなと思う。でもそれも含めて研磨だからわたしはあまり気にしない。


「でもさ、借りといてなんだけどベスト暑くない?ちょっと汗かく」
「おれは別に、平気」
「そっかぁ」


平熱が低いのかな、研磨は。そして幾ら研磨が小柄だとは言っても、やっぱり男物だからか若干サイズは合わないみたい。肩にずり下がる袖口を引っ張ってみたり、結構丈のある裾を上にあげてみたりしていると、パンをかじる研磨がそんなわたしを見ていることに気付いた。とうに食べ終えたわたしとは違い、ゆっくり自分のペースで食事をとる研磨が話しかけていないのにこちらに興味をもつなんて、珍しいこともあるものだなと思っていると、パンを机に置いてわたしの方に体を向け腕を広げた。


「…泰葉、来て」
「?」


本当に珍しい。スキンシップは基本的にいつもわたしからで、研磨は時々嫌がったりもするのに。自分からしてこないところがまた少しいじらしい。言われるがまま細い体に抱きつくと、耳元ですんすんとにおいを嗅ぐ音が聞こえた。


「…泰葉、おれの家のにおいしてる」
「研磨のベスト借りたからかな」
「そうだね」
「ちょっと嬉しい?」
「…ん」


首に顔をうずめた研磨が小さく頷く。
恥ずかしがり屋だなぁ、なんて考えていたら体が離れた。飽きちゃったのかな。すると研磨はわたしの顔を見つめて、唐突にベストをめくった。


「…透けてる」
「やだ、エッチ」
「泰葉が忘れたんでしょ」


呆れたように眉を顰めて、研磨は少し透けたわたしの下着のあとを人さし指でなぞった。あ、これちょっとえっちい。微妙な空気が流れる中、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。


「研磨、教室帰ろ?」
「んー…」


猫背になってまたパンを食べ始める研磨。これはもう授業に出る気がないんだろうな。まぁ帰ろうだなんて言ったわたしも今日はもう授業を受ける気分でもないんだけど。


「あ、パンくず口についてる」
「ん…どこ?」
「待って待って、見せて」


素直にわたしの方を向いた研磨に口付けると、今度は研磨がわたしの唇を啄んだ。互いに舌を絡めると本鈴の音が聞こえて、少ししてからわたしたちは既に授業が始まった校内を手を繋ぎながら後にした。




「クレープ食べたいなぁ」
「え…」
「かき氷もいいな!売ってないかな」
「…帰りたい」






夏の終わりの逃避行
(愛の逃避行、ってほどじゃないけど)


- ナノ -