「…は?」
「だから、約束してた日部活になった」
「…休みだって言ってたじゃん」
「次の日だった、ごめんなー」
ざわざわうるさい廊下。こんなことはよくある。木兎は予定とかまるで聞いてないから、いつもなら仕方ないなってなる。そう、いつもなら。
「いつもみたいにただ遊びに行くとか、そういうのとは違うでしょ」
「そうだけど練習あんのはしょうがねえし」
「…何、しょうがないって」
少し呆れ気味に言われたわたしは、思わず食い下がってしまう。木兎が練習や部員を大切にしてるのはわかってる。バレーとわたし、どっちが大事なのなんて聞くつもりもない。でも、しょうがないから、じゃ納得できなくて。
「また別の日…それこそ約束の次の日は俺休みだし」
「そういうことじゃないでしょ」
「なんだよ、ごめんって言ってんだろ?」
「そんな風に…そんな風に、どうでもいいみたいに言わないでよ!!」
わたしの怒号に辺りがしんと静まった。びっくりした顔の木兎にこれ以上何かを言う気にはなれなくて、気付いたら走り出していた。
「…はあ、はあ……」
息切れで胸が痛い。既に授業が始まった校内はとても静かで、体育館裏に座りこめばそこはまだ鳴り止まない蝉の声や、車の走る音しか聞こえない。
「…怒っちゃった」
膝を抱えると、一人になったことで力が抜けてぽたぽたと涙がこぼれた。
約束の日はわたしの誕生日、だった。
木兎がわたしに何かしたいからと、誕生日だから一緒にいたいと、そう言ってくれたのが嬉しくて、その日に着ていく新しい服なんて買ってみたりして。普段一緒に帰れないのも、なかなか二人で会えないのも全部、本当はちょっとだけさみしくて、でもそんなかわいいことを言えるほど素直にはなれなくて。気持ちはいつだって単純なのに、言葉にするのはいつも避けて。何よりバレーをしている木兎が好きだった。だから心の広い理解のあるいい彼女、でいたかった。
「あ、泰葉!」
「…木兎」
息を切らして走って来た木兎。涙を拭って、どんな顔すればいいのかわからなくて俯くと、遠慮気味に手を握られた。
「……何?」
「お、怒ってたから…」
「ご機嫌伺い?」
「……」
「…じゃあちょっとだけこのまま」
手を握ったまま隣に座った木兎は、今どんな顔をしてるだろう。ぎゅ、ぎゅ、と二回力を込めると、また彼も二回握り返してきた。わたしとは違って骨張ってて大きい手に少し安心する。
「…木兎」
「…んー」
「……おっきい声出してごめんね」
ごめんって言ってくれたのに、わたしは勝手に怒って子供みたい。それなのに探しにきてくれて、優しいな木兎は。申し訳なくなりながら顔をあげれば、わたしを見つめる彼と目が合った。
「…木葉に『女心がわかってねえ!』ってすげえ怒られた」
「わたしたちの話聞かれてたの?あとで謝っておかないとなぁ」
「今日のは俺が悪いから、いい」
今度は木兎が膝を抱えて俯いてしまった。そんなことないよ、と返せばいいのか、それともお互いちょっと落ち着いた方がよかったね、みたいな言葉がいいのかな。いつだって正解を探すのは難しい。言葉をつまらせると、木兎が口を開いた。
「…オンナゴコロ、はわかんねえけど、俺がちゃんと泰葉を好きなのはわかっててほしい」
「……うん、ありがと」
繋がれたままの手のぬくもりが、優しい。今日知ったのは、たった数分でも木兎とギクシャクすると、わたしの心は穴が空いたみたいに虚しくなるってこと。きっとそれはつまり、わたしの中は木兎でいっぱい、ってことなんだと思う。
「…また喧嘩したら、多分わたし次も逃げちゃうから、そしたらまた手繋ぎに来てくれる?」
「ん、わかった」
そう言って木兎が笑うから、わたしもつられて笑った。たまにすれ違ったり、今日みたいにぶつかることだってきっとあるけど。そういうときはこうやって手を握って、互いにちょっとだけ素直になれたらいいなと思う。
容量オーバー
(きみへのあいでいっぱい)
▽速水様
またまた、お世話になっております。
木兎さんの話を書くときには感嘆符を多用するのですが、喧嘩をするというリクエストでしたので大人しめにしました。
喧嘩といってもいろいろありますが、今回のようなシチュエーションでよろしかったでしょうか。どきどき。
リクエストをいただけるというのはやはりとても有難いので、感想と共に二度もご連絡くださってありがとうございました。大した文才もありませんが、どうぞまたいつでもいらしてくださいね。
最後に、少しでも速水様の楽しみになれていましたら幸いです。ありがとうございました。
芹沢