昔誰かが言ったらしい。



「岩泉せんぱーいっ!!」


今日も嵐がやってきた。


「うっわ出た…」
「やっほー泰葉ちゃん、こんにちは」
「こんにちはー及川先輩!」


及川とハイタッチを交わすこの後輩は、俺のストーカー。可愛がった覚えは微塵もないのに、何故好かれるのか。おまけにこいつは…。


「というか岩泉先輩、出たってなんですか、人をおばけみたいに」
「あ?ああ、悪い…」
「もう、来るんじゃねえぐらい言ってくれてもいいのに!そんなんじゃ興奮しません!」


そういう優しいところも好きですけど!と口を尖らす佐和。ストーカーな上マゾとは、どう対応すればいいものか。いや、どう反応しても何を言ってもこいつは喜ぶだろう。


「ねえ泰葉ちゃん、ほんっっとに岩ちゃんを口実に俺に会いに来てるってわけじゃないの?」
「あははーすいません、及川先輩には毛ほども興味ありませんから」
「あれなんだろうすごく傷付けられた」


及川に対してはわりと素っ気ないのに、俺に対してだけはデレデレなように見える。まぁ、及川が女に冷たくされてるのは俺も見ててスッキリするからこうして見ているわけだが。けど、どうせそろそろ飽きてくる頃だろう。


「ところで岩泉先輩!」
「(ほら来た)」
「いい加減わたしを彼女にしてくれる気になりました?」
「いいや、断る」
「いけずう」
「泰葉ちゃん、岩ちゃんなんかじゃなく俺に」
「及川先輩喋んなくて大丈夫ですよ」
「すごく丁寧な黙れってことかな?」


…うっとおしい、とは思いつつ、俺にくっつき回るその姿を少し特別扱いしているのもまた事実で。


「先輩にそんなこと言う子は…こうだ!」
「うわっ及川先輩おも、い、うはっわははは!やめ、やめてくださいー!!」


佐和の後ろから抱きついてくすぐる及川と、笑いながら拒む佐和。…ぷつん、と何かが切れる音がしたような気がした。


「おい、廊下のど真ん中だ。邪魔だぞ」
「今誰もいないよ?ね、泰葉ちゃーん」
「や、うひゃっ!や、やめてくだひゃ」
「泰葉ちゃん弱すぎだねー」


俺の言葉に耳を傾けない及川から佐和を離すべく腕を引くと、小さな体が俺に倒れこんだ。再びちょっかいを出そうと近寄って来た及川からガードするように抱くと、佐和の声になっていない声が聞こえた気がするが今はどうでもいい。


「こいつは俺のだ」
「…あらら?そうなの、泰葉ちゃん」
「あ、わた、わたし…!」
「違うのか」
「ち、ちがくないです!先輩のものです!はい!!」
「ほらな」
「うわーもしかして俺お邪魔虫?」
「そういうことだ」


なんだよもう、と不貞腐れたように背を向けどこかに行った及川の背中が見えなくなってから、やっと一安心して佐和の肩を抱いていた手を解いた。


「佐和、お前急に静かになったな」
「そ、そっちこそ急にデレないでくださいよ!」
「俺はいつでもこんなだろ」
「違いますもん、もっと冷たいです」


なのになのに、ともごもごさせる佐和の頭をなんとなく撫でてみると、耳が少し赤くなっていたことに気付いた。


「お前、照れてんのか?」
「て、照れてません…」
「普段俺にもっと恥ずかしいこと言ってるくせに」
「なんですか恥ずかしいことって!わたしは先輩に踏まれたり蔑まれたりしたいだけです!」
「変態じゃねえか」


そう、普段は馬鹿みたいに俺を好きだ好きだと言って、犬のようにくっついてきて、時折変態じみたことを叫ぶくせに。


「あ、暑いですね今日…いやーあ、暑いなぁ…」


俺が少し触れただけで、こんなに大人しくなってしまう。こんなに表情を変化させてしまう。それがなんだかおかしくて、でもって。


「…かわいいな、お前は」
「!  な、なんですか今日は!デレキャンペーンですかいつものツンはどこに!」
「ツンもデレも元々ねえよ、全部本心だ」
「な、なんですかそれ…わたしで遊んでませんか…」


素直に言葉を受け取ろうとしない佐和に少し苛立ち両手で顔を挟むと、見事におちょぼ口の変な顔になった。


「ぷっ」
「な、なにふんれふはー!?」
「一回しか言わねえから黙って聞いてろ」


そう前置きして手を離すと、さっきまでああだこうだと言っていた口はあっさりと閉じた。


「俺はな、及川みてえに調子いいわけじゃねえ。女なら誰にでも優しいわけじゃねえ」
「?  はい」
「…好きでもないやつをかわいいなんて言わねえし思わねえよ」
「はい…え?」


きょとんとした顔で俺を見つめて、その顔はみるみる赤くなっていった。


「だから「す、ストップ!ストップ!!」誰が待つかよアホ」


自身の顔の前でバツをつくった佐和の手を掴んだ。初めて触れた手は思いの外小さくて、簡単に包み込めて頼りない。いじらしい。


「俺は佐和が好きだけど」
「……」
「お前はどうなんだよ」
「…し、知ってるくせに…」


触れ合った部分が熱い。耳の後ろから首元にかけてが酷く熱を持つ。


「……好きに、きまってるじゃないですか…」


手を伸ばせば触れられそうな距離、なんてよく言ったもんだ。それはずっとそこにあった。そこにいた。


「…そりゃあよかった」


昔誰かが言ったらしい。大事なものは目に見えないと。それはきっと一理ある。でも目に見えるものもある。ちゃんとある。


「…もー!!岩泉先輩の馬鹿!早くわたしを貶してくださいよ!」
「はあ?お前ほんっと頭おかしいな…この変態」
「何とでも!先輩こそ顔真っ赤ですよ!変態!!」
「!?  あ、赤くねえ!!」





(その恋はまだ、はじまったばかりなのだから)





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