最近、コンビニに出向く回数がめっきり増えた。理由は単純。ほら、今日もいる。
「いらっしゃいませー」
軽く会釈すると、彼女はにこっと微笑んだ。俺は変な顔をしてしまう前に店の奥に逃げた。やっぱり今日も、かわいい。
俺の目当ては商品なんかじゃなく彼女。
俺が彼女について知っていること、その一。名前は佐和泰葉さんという。名札にそう書いてあった。その二、夕方から夜の時間帯に働いている。俺が部活を終えてから行くと、いることが多いから。…それくらい。
三日前、俺は先輩たちと立ち寄ったこのコンビニで、万引きの一部始終を見た。店員は気づいてなかったみたいだからほっておこうかと思ったけど、その日は部活であんまりトスをもらえなかったせいでちょっとイラついてて、腹いせにと捕まえた。適当にその辺にいた女の店員に声をかけて、この人万引きしてましたよと伝えると、その店員はとても驚いて、俺に何度も何度も礼を言った。犯人を店の人に渡して帰ろうとしたとき、その店員が俺に声をかけてきた。
「あの、これ…!」
「?俺お金持ってませんけど」
差し出されたのは飲み物とお菓子の入った袋。
「お礼です、さっきの…わたしから」
「はあ」
「本当に助かりました。この時間、店員は皆若い子ばっかりで狙われやすくて…ありがとうございました、本当に」
深く深く頭を下げた女の店員をみて、ただのバイトっぽいのにどうしてこんなに必死になれるんだろうなんて考えていたら、店員さんはにこりと笑った。
「またお越しください」
それじゃあ、と背を向けたその人に、俺は思わず叫んでいた。
「あ、あの!!」
「はい?」
「今日はこれ、もらいますけど…今度はちゃんと、買いにきますから!」
またお越しください、なんてマニュアルどおりの常套句だってことはわかってた。でも、俺は。
「…はい、ありがとうございます。お待ちしてますね」
俺はその笑顔にまた会いたいって、思っちゃって。
…で、今に至る。慣れた手つきでケースから商品を出して棚に並べていく佐和さんを、何を買おうか迷っているふりをしながら見つめる。まだ話しかける勇気は、ない。そもそも覚えられてるかもわかんないのになんて話しかければいいんだよ。ああもやもやする…。
「佐和さーん、ちょっと来てくださいー!」
「あ、はーい!今行きまーす!」
客の背中と棚の間を器用に通り抜けて、呼ばれた方へと行ってしまった。今日はもうだめだ、何か買って帰ろう。たまたま目について手にとったのは、佐和さんがくれたお菓子。
(…これ、好きなのかな)
運がいい。佐和さんはレジにいた。その辺にあった小さいお菓子をぐわっと手にとって、もともと持っていたお菓子と一緒にレジに置いた。
「お願いします…」
「はーい、いらっしゃいませ」
小さなお菓子を買ったのは、まぁ姑息な理由。時間がかかるから。その間、話しかけるでもなくただ見つめるだけなのがちょっと虚しいけど。
「お菓子お好きなんですか?」
小さなお菓子の小さなバーコードを器用にスキャンさせながら、佐和さんが言った。まさか話しかけてもらえるなんて思ってなくて、体が硬直した。
「す、好きです!すごく!!」
「じゃあこの前お菓子をお渡しして正解でしたね」
よかった、とまた微笑んだ佐和さん。
「覚えてて、くれたんですね…」
びっくりしてそう言えば、彼女は俺を見上げて照れたように笑った。
「ご恩のある方は早々忘れませんよ。それにお客様、とっても目の色が綺麗でしたから」
こういうところなんだ。
毎日何十人何百人と人の顔をみているはずなのに、客の顔を覚えていることも、それを謙遜するところも、明らかに年下の俺に丁寧な言葉で話しかけてくるところも全部。
「俺、好きです」
「そうなんですか、わたしもこのお菓子よく買います」
「お菓子じゃなくて、あなたが」
二人の間に沈黙。…俺、いま何言った?好き?好きって…佐和さんの顔がすごく赤い。どうしたんだろう。なんか俺も体が変だ。好き……好き!?
「あ、えっと違、ちがくない!ですけど!!」
「あの、」
「す、すみませんじゃあ!」
丁度の額のお金を置いて袋に入れられたお菓子を手に逃げるように店から出ようとすると、後ろから佐和さんの声が聞こえた。
「ま、またお越しくださいっ!」
振り向いたらその顔は、少し頬を染めて、やっぱり微笑んでいた。胸が痛い。煩い心臓の音、早く静まれ。
「…明日もいるかな」
そんなことを思いながら、買ったばかりのお菓子を開けた。
(彼女についてわかったこと、その三)
(赤くなった佐和さんもすごくかわいい)