教室に向かう足取りが重い。


「一人だけ補習…ですか?」


中間テスト終わり。追試とは別に、あまりにテストの出来が悪い生徒は補習を受けることになっているのは知っている。でもそんなに点数の悪い生徒なんていただろうか。


「四組の佐和さんっているでしょう。普段は大変優秀で他のどの教科も平均点以上なんですけどね、現代文だけは50点ギリギリなんですよ」


四組の佐和さん。そうだ、思い出した。授業態度も良くノートも綺麗で、課題の提出期限もちゃんと守るいい生徒だ。そういえば採点中あまりの点数に驚いた覚えがある。


「すみません僕が不甲斐ないばかりに…!」
「いやいやぁ。まぁ佐和さんも調子が悪かったんでしょう。お忙しいでしょうけどよろしくお願いしますね」




やはり僕の教え方がよくなかったんだろうか。あんなに優秀な生徒にこんな点数をとらせてしまうなんて。今日はみっちり佐和さんがわかるまで付き合おう。僕が不安そうな顔をしたら彼女も不安になってしまうかもしれない。しっかりと大人の余裕をもって。


「お待たせしました」
「あ、こんにちはー先生」
「こんにちは」


既に教室にいた彼女に挨拶すると、持ってきたプリントや資料を彼女の隣の席に置いた。


「先生隣座るんですか?」
「うん、僕と佐和さんだけだからこの方が…はっ!ごめんこんなおじさんの横に座るのは嫌だった!?」
「いや、全然。先生考えすぎ」


うける、と言って笑う佐和さんにつられて、僕も笑ってしまう。そして補習は始まった。



「ふんふんふふーん」
「……」


おかしい。いや、おかしいというのは違うかもしれないけれど。質問されるのを前提に少し難しめの問題ばかりのプリントを用意したのに、まるではじめから答えを知っているかの如く佐和さんは鼻歌交じりに解答欄を埋めていく。


「先生はぁ、」
「うん?」
「彼女とかいるんですかー」


ふいに佐和さんがそんなことを言った。ひっかけ問題には一度手を止め、ひっかかることなく正解を埋める。


「かっ、かのっ…!?」
「それかお嫁さんとかぁ」
「い、いないよそんな…ご縁もないし」
「みんな見る目ないですねー」
「いやいや、僕なんてそんな、普通の頼りない男だし…」
「そこが先生のいいところですよ」


選択問題には見目良い丸を書き、とくに表情を変えることもなく言うので、お世辞の類いじゃないであろうことはわかった。わかったと同時に小恥ずかしい気持ちになった。


「先生、できましたー」
「あ、じゃあ答え合わせするね」


大方予想はついていたが、予定よりずっと早く解き終わってしまったようだ。ケアレスミスなども見逃さないようしっかりと確認するけれど、今のところそれらしきものも間違いもない。


「…先生、わたしって"いい生徒"ですか?」
「へ?…あ、ああそうだね。真面目に授業受けてくれてるし、普段はテストの結果もいいし…」
「じゃあわたし悪い生徒ですね」


頬杖をついて窓の外をみながら、どこか楽しそうに佐和さんは言った。言葉の矛盾の意味を問えば、僕と彼女の目が合った。


「だってわたし、現代文のテストわざと悪い点とるようにしたんですから」


屈託のない笑みでそう返されれば、次の言葉に戸惑う。わざと?一体、何故。


「先生がバレー部のために頑張ってるのも、補習に付き合ってたら部活行くのに遅れるのも知ってて、わざと現代文だけ補習になるようにしたんですよ。悪い生徒でしょ」
「…なんで、そんなことを?」
「なんでって、そんなの」



"好きな人と一緒にいたいからですよ。"




(そうやって笑う彼女が仕掛けた)
(甘い罠の話)


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