ああ、時計の針がいつもより早く進んでいる気がする。早く部活に行きたい。
早く、早く…!


「山口、話聞いてるか?」
「…はっ!す、すいません」
「あのねぇ、早く終わらせたいならまず先生の話を聞く」


ああ、補習なんて。









「というわけで、山口は英語」
「はい」
「佐和は国語を…佐和?こら!寝るんじゃない!」
「ぐえっ……あー、ハイ」


肩を揺らされ起こされたのは、同じクラスの佐和さん。補習組は俺たち二人だけ。だから教室の一番前の席で隣同士座って先生の話を聞いている。


「先生はこれから会議だから、終わったら先生の机に提出すること。わからなくてもとりあえず解答欄は埋める。わかった?」
「はい」「ハーイ」
「よし、じゃあしっかりね」


担任が教室を出たのを合図に各々渡されたプリントに取り組み始める。…でも正直、一問目からよくわからない。とりあえず埋めるって言われても…なんて頭を抱えていたら、視界の隅で何かが揺れた。その方に目をやると、佐和さんが俺の方に手を振っていた。


「なに?」
「山口、国語とくい?」
「まぁ、どちらかと言えば…」
「ほんと?じゃあちょっと、この漢字なんて読むのかおしえて」


そう言われて指さされた漢字は。


「…なぜ、だね」
「なぜ。ほー、whyね。じゃあこれは?」
「ごま」
「ごはんにかけるやつ?」
「そう、だね?」


へーえ、と呟く佐和さん。なんで高校入試受かったんだろう、と失礼ながらも思っていると、俺をみて少し不機嫌そうになった。


「馬鹿なやつだと思った?」
「え、いやそんな…」
「山口が苦手な英語はとくいだもん」


ほら、とみせられたテストの点数は満点だった。俺は半分もとれなかったのに。驚きのあまり固まっていると、彼女は申し訳なさそうに苦笑いをした。


「…ごめん、別に英語とくいじゃない」
「え、でも満点…」
「わたし、13歳までアメリカ住んでたから」
「アメリカ!?」


アメリカってあのアメリカ?と問うと、アメリカ合衆国、と言って笑った。


「両親が日本語よく話してたから、会話はできたけど読み書き全然だめで。中学生のとき、あいうえおから勉強したの」
「だから、漢字苦手なんだ?」
「そーそー、ひらがな覚えたかと思ったら次はカタカナ、その次は漢字って全然終わりがみえなくて困った!」


そりゃあ、そんな事情があれば補習にもなるだろう。でも、すごい。帰国子女…つまり英語が普通にできる?


「…あ、じゃあこの問題とか、わかるかな?」
「うん、わかるよー。ここはねー…」





こうして俺たちはお互いに教え合いながら、無事に補習を終えた。


「終わったー!まさかぜんぶうまるとは…ありがとう山口」
「俺も助かったよ、ありがとう」
「山口、もうかえるの?」
「いや、俺は部活…ってうわ!早く行かなきゃ!」


思ったより時間が過ぎていて、慌てて教科書や文房具を鞄に詰め込んだら、急に腕を引かれてーー。


「今日はありがと。がんばってね」


ぎゅっと抱きつかれて、ほっぺたとほっぺたがくっついた。体が離れると、佐和さんはケロっとした顔で笑った。俺は熱くなった顔を隠すように体育館へと急いだ。




(違う、これはきっとあれだ)
(カルチャーショックってやつだ)
(ああもううるさい、心臓の音!)


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