「あと、ちょっとぉ…」


ふくらはぎがピリピリと痛む。あと数センチ、目当ての本に手が届かない。


「お、佐和ちゃん」
「うひゃあっ!?」


話しかけられて足がすべり、顔が本棚にずりずり当たりながら転んだ。恥ずかしかった。慌てて駆け寄ったその人が、わたしの思い人であるから余計に。


「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です、すみません…本がとれなくて」
「本?どの本」


あれです、と指差した先の本を、彼はいとも容易く手にとってしまう。座り込んでしまったわたしにしゃがみこんで本を手渡してくれたその人を、やっぱり今日も素敵だと思った。


「ありがとうございます。田中先輩って、結構背、高いんですね」
「普段はデケェ一年が周りにいるからな、目立たねぇけどほぼ180あるんだぜ」
「ひゃくはちっ…す、すごい…!」
「フッフーン、そうだろうそうだろう!」


素直に感心すると、田中先輩は得意気に微笑んだ。男の人、なんだなぁ…なんて思いながらみつめていると、不意に顔をそらされた。


「あ、あんまり見られると照れる…」
「え?…あ、すすすすみません!!」
「いや、こっちこそ…」


しーん、と会話が途切れるわたしと先輩。図書室の静けさのせいで、どきどきしているのがバレてしまうんじゃないかと怯えた。何か話題をと思い、頭の中をフル回転させる。


「そ、そういえば、どうして田中先輩は図書室に?」
「えっ!?」


わたしは田中先輩みたいに、なんていうかアクティブなタイプじゃないから、こうして一人で図書室に来るのは日課みたいなものだけど、先輩が図書室にいるのは今のところ見たことがない。だから聞いてみたのだけれど、


「え、エート、エート…」


田中先輩は何故か目を泳がせていて。聞いちゃいけなかったのかな。顔を覗き込むと、田中先輩の顔は真っ赤だった。


「た、田中先輩…?」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
「…?」


うー、と唸った先輩は、よし、と何かを決意したように頷いてわたしの目を見つめた。


「俺、偶然ここに来て佐和ちゃんと会ったわけではなくてですね…」


偶然じゃない?じゃあ運命なのかな?というか、どうしてそんなことを突然言うんだろう。次の言葉を待っていると、それは思いも寄らないものだった。


「…佐和ちゃんがよく図書室に行くの知ってて、来てみたわけで」
「…へ?」
「つ、つまりその…好き、なんだけど」


視界がぼやけて、あれ、と思っていると、田中先輩のあたふたしている姿がみえた。


「な、泣くほど嫌だった!?悪い、俺…」
「違います、全然、そんなんじゃ、なくて…」


だって、わたしみたいに本を読むくらいしか好きなことがない普通の女が、田中先輩みたいな人と釣り合うわけないってずっと思っていたのに。これは夢なのかな。夢じゃないといいな。だからわたしも伝えなくちゃ。


「…田中先輩のことが、好きなんです」
「えっ」
「ずっと、ずっと好きでした…!」


ぎゅっと本を抱き締めながら、そう言った。声が震えてちゃんと伝わったか不安で、恐る恐る顔をあげると、目が潤んだ田中先輩がいて。


「ぜ、絶対振られると思った…」
「わたしだって、絶対片思いだって思ってました…」


自然と二人に笑みがこぼれて、でもそっか、と田中先輩は呟いた。


「ありがとうな、ずっと好きでいてくれて」


それもちょっとおかしいか、とおどけた先輩に全然おかしくないですと言って首を振れば、優しく笑ってくれた。


「…じゃあ、その、えっとだな」
「は、はい」
「…俺と、付き合ってください」


緊張したような顔で言った先輩に、イエスの代わりに抱きついた。






図書室でをしよう



「たな…りゅ、龍之介さん!」
「な、なんでしょう泰葉、ちゃん」
((まずは、名前で呼ぶところから…!))