「うあああっ!!」
廊下に響いたその声が聞き覚えのあるものだったから、無意識に足がその声の方に向いた。
「…西谷先輩?」
「あ、佐和…」
床に座り込んだ彼のその小さな背中の先には、散らばったたくさんのノート。その状況から瞬時に大体のことがわかった。多分、先輩はどこかにノートを運んでいて、それを床にぶちまけたってところだと思う。
「大丈夫ですか?持つの手伝います」
「スマン、助かる…!」
…やっぱり今日もちっちゃくてかわいいなぁ。
西谷先輩は、部活の先輩。わたしはマネージャー。初めて会ったときは同い年かと思った。だって。
「よいしょっと。…先輩?」
「…佐和は、相変わらずデケぇな…」
わたしを見上げた先輩は、ちょっと不機嫌そうだった。
「はあ、それほどでも」
「俺も早く大台に乗りてぇ…!!」
くうう、と悔しがる先輩もちょっとかわいかった。わたしより少し小さい先輩。なのに、ひとたびコートに立つとすごく存在感があって、かっこよくて。そんな先輩にわたしは惚れているわけで。
「いやー助かった!ありがとな、佐和」
「いえ、お役に立てて何よりです」
先輩と一緒にいれたし、と心の中で思う。先輩に続いて階段を上ると、そのときだけわたしの方が小さくなって新鮮な感じがする。
「…あ、あのさぁ」
「はい?」
急に先輩が足を止めたので、わたしもその場に留まった。振り向いた先輩の顔は夕焼けのせいであまり見えなくて。
「…佐和は好きな奴いる、のか?」
「…い、ます、よ?」
戸惑いながらしどろもどろ答えると、先輩が息を吸い込む音が聞こえた。
「俺、佐和が好きだ」
「……は?え、え?」
「好きな奴がいるなら、俺は佐和に好きになってもらえるように頑張る」
聞き間違いでも妄想でもなく、夢でもなく。言葉に詰まると、沈黙が流れた。訂正を、訂正をしなくちゃいけないのに、なんて伝えればいいんだろう。
「…な、なんか言えよー!気まずいだろうが!」
「あの、が、頑張らないでください…」
「…俺みたいなチビは、無理ってことか…?」
「え、いやちが、違くて!その、だから……こ、これ以上先輩のこと好きになったら、困るから…」
身体中が熱くなるのを感じた。伝わった?伝わった、よね、そうであってほしい。もう好きですなんて言う気力残ってないもの。
「…お、俺勘違いしてるのか?それってその、つまり…俺のこと好きってことでいい、のか…?」
イエス、という気力はやはりなかったけれど、その代わりに力強く何度も頷いた。恐る恐る見上げると、先輩はふるふる震えていて。
「…佐和、」
「ハイ」
「好きだ」
「…ハイ」
「…大好きだ!!」
わたしをぎゅうっと抱き締めた先輩は、きっと笑っていたのだろう。夢じゃない。あったかい。
「佐和!」
「は、ハイ」
「…で、でこかして!」
でこ?おでこ?なぜ?よくわからないまま了承すると、先輩はわたしの前髪を払って、額にキスをした。
「きょ、今日はこれでかかか勘弁してやろう!!」
「は、はあ、どうも…?」
されたわたしよりキスした先輩の方がよっぽど照れていて、それがおかしくて笑えば夕日が彼の笑顔を照らした。
夕日色ラプソディ
(その恋、段差一段分)