短編 | ナノ


19

あの時、天使の様に可愛い子が俺にキスした時、逃げ出したほど、嬉しかった。

俺をぶち抜いた、天使の銃弾は、心臓の深く深く奥で止まって、いつの間にか埋まったままに、惚れ薬に気が付かなずにいて。

それがだんだんと毒になって行った。

男だと。自分が好きな相手が、結ばれない相手だとわかった瞬間。その惚れ薬を毒に変えたのは、紛れもなく俺だ。
俺がすり替えて、天使が―――アルベリックが一途に俺を好きでいることから逃げた。

徹底的に逃げて無視された結果、アルベリックはこんな暴挙に出たのだ。

俺が、悪いんだ。

逃げてばかりいた俺は、知らず周りを傷つけて、その責任を負うのが恐くて、また逃げて…その繰り返し。

アルベリックはそんな俺を、それでも愛し続けて、おかしくなったんだ。

この天使は、痛みを伴う拳銃を小さな手でやっとこ持ち上げて、泣きながら俺を撃ったに違いない。

男同士なんて世間から鼻つまみ者にされるような恋に落ちてしまったんだ。仕方なかったんだ。

奥山が言った通り。


好きって自分じゃどうしようもないこと。


それにアルベリックは独りで耐えていたんだ。

だけど、俺は逃げた。

男だから。たったそれだけで、俺は無理やり捻じ曲げて逃げたから、こんなことになったのだと。


やっと気が付いたんだ。


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「アルベリック」

静かに名前を呼べば、アルベリックはもぞもぞと動きだし、スッと顔を出してきた。

仰向けになり出てきたが、その顔は両腕に隠されていて良く見えない。

見える口元だけが、暫くして動き出した。

「俺が女だったら、良かったって…。あの日…信夫とプールに行った日からずっと思ってた」

あの時のショックだった俺は、誰が見ても可愛そうなほど落ち込んでいたから、アルベリックもそれに気付いたんだろう。

「でも…俺は男だし、信夫も男だ。ゲイはいけない事だとか、地獄に落ちるとか…そういう話を海外で聞いていたから、俺は恐くて…」

「…何が、恐いんだ?」

「だ、って、信夫…。君を地獄に落とすことなんて俺にはできない。俺、信夫が好きなんだ。…もう本当に…どうしようもないくらい好きなんだ」

「……」

「ずっと考えてた…。信夫が俺を好きになってくれるにはどうしたらいいか。そうなったらどんなに嬉しいか。……考えても地獄に落ちるなら、俺はどうしようもないじゃないか…っ」

ただ、視線や些細な態度で、俺を好きだと主張していたアルベリックを無視した事への悲しみや怒りよりも、アルベリックが俺を好きになった事で、俺を地獄に行かせることが嫌だったようだ。

「だけど、どうしても…好きなんだ…愛してるんだ、もう信夫しか好きになれないのにっ!」

アルベリックは俺しか好きになれないと言う。だけど、俺は麻綾が好きだとか、彼女ができたとか、そんなことを独りで悩んでいる彼に俺は平気で言っていた。

これも俺が逃げた結果だ…。

もう駄目なんだ。逃げたらダメになる。俺もアルベリックも。こんなんじゃ、空いた心臓の穴を埋める事なんて一生できない。

些細な銃弾の穴なのに、こんなにも大きく感じるのは、小学校から大学まで、”幼馴染”として成り立っていた俺たちの隠れた思いの大きさなのだろうか。

「俺、お前と地獄だったら、全然平気だ…」

何か考えがあって言った言葉ではない。ただ自然とでた。なんとなくじゃなくて、心から思っていることが漏れ出たような。そんな言葉だ。

「…ぁ、いや…なんか、そう思って。だってアルといると安心するんだ。何も恐くないし…きっと地獄も恐くない」

おかしくなったんだ。でも、そんな変なのじゃない、変だと思ってたけど、これは、クリスマス病だよ。きっと。

周りが恋人だけになるし、神様の誕生日で、サンタさんがプレゼントをくれる。みんながみんなそんな幸せを貰っているのに、自分たちだけ貰えないのは、おかしい事だって。

だから、立ち上がって、自分で恋人を探して、神様にお願いして、プレゼントとしてもおうとするんだ。そんなのだ。

孤独だったり、弱い人がよく発症するこの病だ。

俺はそれが銃弾の傷口から、アルベリックは握りしめた拳銃から発症したんだ。

「それは…俺がそう言うふうにしたからだ…」

「いや。俺はアルベリックを助けた時からそう思っていたんだって、今はわかる」

「…嘘だ」

「嘘じゃねぇよ。……だってお前…あの天使が俺の初恋なんだから」

今は全く天使の容姿はない。

俺より高い身長。男らしいがバランスのいいスマートな筋肉が付いた体。

淡い栗色の髪は短いし、青い瞳も男らしい鋭い瞳になった。

可愛くない。

カッコイイ。

だけどさ、やっぱり俺は好きなんだ。

容姿なんて関係なく、きっともっと心の奥にある。クリスマスツリーの星みたいに輝く、アルベリックの何かが好き。

好きだから、嫉妬して、嫌いになって…。

また、好きになる。

「俺も、もうずっとアルベリックが好きだ」

微かに見えるアルベリックの口がわなわな震え、クッと耐える様に一度結ばれるも、……ダメだったようだ。

「……っ、ぅ」

徐々に嗚咽が漏れてくる。

「…一回でも、し、のぶが、俺を好きって言って笑ってくれたら、それだけでよかったっ…。最後に、彼女を選んでっ、地獄に落ちなくて、良かったって思ってたのに…ぜんぜん、う、うれしくなっ」

「うん…」

「すき、好きだ…しの、ごめん、っ…」

「いいよ、俺も好きだから」

「信夫っ、愛してる…っ」

切れ切れに言うと、アルベリックは腕を伸ばして、俺を抱きしめてきた。

温かい腕だ。逞しくて、大きくて、俺を守ってくれる。助けてくれる。

外国でもトップクラスのハンサムが、ハラハラと泣いて、俺に縋ってく事に少し笑ってしまい。

それに気が付いたアルベリックが、スッと顔を近づけてきて、ちゅ、ちゅっと音が鳴る小さなキスで、俺の少し笑った口を塞いでいく。

だんだんと深いものになって行っても、俺はまったく不快にはならなかった。むしろ心もとなく不安に開いていた心臓の穴が、しっかりと埋まっていくような気がした。


「Je t'aime...Shinobu」


耳元で呟かれたフランス語と、少し目が泣き腫れて赤いが、極上に笑って見せたアルベリックに、俺は再び心臓を狙い撃たれたような衝撃を受けた。

「ヤバいなぁ…」

「…どうした?どこか痛い?」

そういう意味で呟いたわけではないのに、アルベリックは心配そうに俺を見つめてくる。

青い青い…海の色。

「いや、…なんでもねぇよ」

苦笑して返しても、心配がっているアルベリックに、気を逸らそうと俺からキスしてみたら、思いのほかそれまくった。

「信夫っ」

真剣に名前を呼ばれ、俺の方が心臓の衝撃を忘れてしまいそうになっが、それもまた嬉しくなって、俺は、ははっと自然に笑ってしまう。

アルベリックも、柔らかい幸せそうな笑顔を返してくれた。


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大人になった天使が持つ拳銃は、きっともっとしっかりしてる。

心臓を撃つよりも、もっと奥。

クリスマスツリーのあの星を、きっと正確に撃ち抜いてくれるはずだ。


クリスマスの天使はツリーの天辺星を狙い落し、神様にお願いして、サンタさんにプレゼントとして綺麗に包装してもらうだろう。


男同士でも、恥ずかしい事なんて何もない。


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天使の拳銃は俺の心を撃ち抜いたのか


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