私は今、とても分厚い本と睨めっこしている。目に入るのは全てことわざばかり。分厚い本とはことわざ辞典のことである。


「リュウジ、これ全部覚えたの?」
「はは、まさか。半分くらいだよ」
「半分!?」


綺麗な緑色をした髪を揺らして目の前の男の子、緑川リュウジは笑う。彼は以前レーゼという名前でジェミニストームのキャプテンを務めていたんだけれど、その一件を全て終えた彼は本来の性格に戻ったらしい。本当は陽気で明るく、笑顔の絶えない男の子だった。そしてレーゼと言えばあの数々とことわざに行き着くわけで。


「半分でもすごいよね」
「一日一つずつって考えればそうでもないさ」
「ど、努力家だったんですか…」
「まあね」


ことわざ辞典を前にニコニコと笑うリュウジが意外だと目を瞬かせた。毎日彼が一生懸命ことわざを覚えている姿を想像して…いや、駄目だ。レーゼのままだと想像できない。


「俺に出来たんだからなまえにもできるよ」
「いやあ、私は努力家じゃないし」
「大丈夫大丈夫!ごほんっ、…地球にはこんな言葉がある。『努力はいつか実を結ぶ』と」
「そうは言いましても」


急にリュウジの声が低くなりレーゼの時のような台詞がその口から飛び出た。懐かしいなあと思いながらも私の心は晴れない。この分厚いことわざ辞典を全て覚えるとか、そんな無茶な。


「じゃあさ、俺も付き合うよ」
「え、リュウジが?」
「毎日一緒に一つずつやっていけば俺も残りの半分覚えられるし、なまえも半分は覚えられる。正に一石二鳥ってね!」


どう?そう言いながら笑うリュウジに不覚にもときめいてしまう私がいた。でもたかがレーゼに、リュウジにときめくなんてそんなの私のプライドが許さない。ぷいっとリュウジから顔を逸らして、けれどその誘いを断ることのないように口を開く。


「ま、まあ…付き合ってあげてもいいよ」
「ん。じゃあ一緒に頑張ろう、なまえ」


こくんと一度頭を縦に振って、私は投げ出しそうになっていたことわざ辞典の一番最初のページを開いた。




水希様へ(吹雪士郎or緑川リュウジ/甘)



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