静寂は嫌いじゃない。逆に煩いのは嫌いだし、それなら静寂の方が好きだ。でもそれは時と場合によるものである。仮にも付き合ってる男女が居たとして、その間に静寂が流れるのは些かまずいというか何というか。


「それで一之瀬がさー」
「う、うん…」


だから俺、土門飛鳥は精一杯話しかけているというわけだ。俺と彼女、みょうじなまえとの間に静寂が訪れないように。彼女はどうにも口下手らしく、あまり会話のキャッチボールというのが上手くできないらしい。普段下校の時は一緒に帰るようにしているんだけれど、いつも一方的に話しているのは俺の方で。ふとそんなことを思うと俺まで口が重くなり話すのを止め、小さく溜息を吐いた。


「…」
「あのさ、なまえ」
「えっ、な、な…に?」
「俺と居て楽しい?」


ちらりと俺より随分低いなまえを横目に見ると彼女はとても傷付いたような表情を浮かべていた。慌てたけれど、傷付いてるのは俺の方だ。どれだけ話しても彼女は小さく笑うだけで何も返してくれないし、ましてやなまえに好きだと言ってもらったことすらない。告白したのは俺からなんだけど、その返事は「私でよければ」とだけで好きだとは一言も聞かなかった。まあ、了承してもらえたことで俺の心は舞い上がったんだけどな。そんな彼女に目を向けていられなくて俺は地面へと視線を落とす。


「いや、あんまり話そうとしないから。お前が口下手だっていうのは分かってるんだけど、俺と居て楽しいのかなーって」
「あ、の…」
「無理して付き合ってくれてるんなら申し訳ないし。そりゃあなまえにOKもらえた時はすごく嬉しかったけど…でも無理矢理こんな関係になりたかったわけじゃ、」
「土門、くん!」


彼女が今までこんな大きな声を出したことがあっただろうかと思う程、叫んだと言っても過言じゃないくらいの声量で俺の名前を呼んだなまえ。突然のことに当然ながら俺は驚き慌てて視線をなまえへと戻すと、彼女は目に涙をいっぱい溜めて悲しそうに此方を見ていた。


「わ、私、あの、その…無理してるとかじゃ、なくて。えっと…いつも土門、くんの話聞いてて楽しいし…だから私は今がとっても、し、しあ、幸せ、でっ…」
「…」
「私がっ、う、上手く話せないのが悪いんだけど、私は…ど、土門くんと一緒に居れるだけで、う、うれ、嬉しくて!…もっと上手く話せるように、な、なる、から、もうそんなこと、い、言わないで…っ」


たどたどしく、けれど精一杯なまえなりに伝えられた言葉。溜まっていたはずの涙が一粒彼女の白い頬を伝うのを合図にして、俺はなまえの後頭部に腕を回して強く抱きしめた。ただなまえが何も言ってくれないから勝手に不安になって、落ち込んで、あんなことを言っただけ。俺は今でもやっぱりなまえが好きだし、彼女にこんな表情をさせたことを酷く後悔した。


「うん、ごめんな。もう分かったから」
「ど、土門、く…ん…!」
「やっぱり俺は口下手な所も含めてなまえが好きだぜ!」


空いた手でなまえの頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜるように撫でると俺の下で慌てたような声が聞こえた。俺は彼女からあまり貰っていないと思っていたけれど、そうでもないらしい。形にならないものをたくさん貰っていた。大切なのは言葉じゃなくて、その言葉以上の気持ちだったってこと。


(いつか好きって言ってもらえる日がくるといいな)
(いつかちゃんと好きって言える日がくるといいな)



満様へ(土門飛鳥/切甘/しゃべるのが苦手なヒロイン)



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