※機械人間と空色ギリア 番外編



青い空を見上げ、雨が降る気配は全くないなと考えながら俺は小さく息を吐く。耳に入るのは合唱の声。今は音楽の授業中だ。この授業では座席は特に指定されておらず、俺はいつも決まって一番後ろの席を選んで座っていた。教科書に載っている楽譜を見ながらクラスメイトと同じように歌う…ことはせず、教科書で口元を隠して歌わずにぼんやりと空を眺めていた。音楽はどうにも苦手だ。と、気付けば俺と同じように空を見つめる視線が一つ。俺の右隣に座っていたみょうじなまえこと機械人間だった。向こうも俺に気付いたようで「あ」と小さく声を漏らす。合唱の声に紛れるほどの小さな声で俺に話しかけてきた。


「歌わないんですが、鬼道くん」
「その台詞、そのままお前に返す」
「私は…歌ってました」
「空を見ていただろう」
「気付いてたんですか」
「今な」


彼女も俺と同じように教科書を立てて口元を隠している様子からして、最初から歌っていなかったんだろう。肩を竦めて顔だけみょうじの方に向けた。


「音楽、苦手なのか」
「別に苦手ではないんですが、歌うことが好きではないので」
「なるほど、機械人間の苦手分野は音楽というわけだな」
「…そういう鬼道くんこそ音楽は苦手分野というわけですか」
「まあな」


俺があっさり認めたことが意外だったのか少し驚いた様子のみょうじ。けれどすぐに元の無表情に戻り教科書の楽譜に目を通し始める。


「そういう人に限って歌ってみたら案外上手かったりしますよね」
「期待には応えられそうにないが」
「是非聞いてみたいです、鬼道くんの歌」
「生憎人に聞かせられるような物じゃない」
「それは残念です」


冗談じゃない。歌えと言われて歌えるほど俺は自分の声に自信があるわけじゃなかった。そこでふと興味が湧きちらりと教師が此方を見ていないことを確認してからまた話しかける。


「俺はお前の歌を聞いてみたい」
「私の歌、ですか」


そうですね、そう言ってみょうじは暫く口を閉ざす。結局はまた歌われず終わるのだろうと思っていたが、珍しいことに今回の展開は俺の予想とは違っていた。


「歌いましょうか?今」
「…いいのか?」
「下手なので期待はしないでくださいね」


それだけ言うと不意に合唱の声が大きくなったような錯覚に陥る。みょうじが薄く口を開いてすうっと息を吸い込む。本当に歌うのか、こいつ。注意深く耳を傾けた。そして、


「なーんて」


その口から出されたのは音階なんてない、ただの会話の続き。思わず聞く体勢に入っていた俺はぽかんと口を開けてしまう。見ればみょうじの表情はいつもの無表情ではなくしてやったりといった少しにやけたような顔をしていた。


「またの機会にでも」
「…それはくるのか?」
「さあ、どうでしょう。私が音楽を好きになれる日がくれば」
「ないというわけだな」
「天変地異でも起きれば、あるいは」


また無表情に戻って、それ以降みょうじが口を開くことはなかった。結局期待するだけ無駄だったなと思いながら気付かれないように溜息を吐く。もしあのままみょうじが歌っていたらどんな声だったんだろうか。予想以上に上手いのか、はたまた好きでないと言うなりに下手なのか。下手なら盛大に笑ってやったところだが、もし上手かったら俺が情けなくなるだけだったのである意味聞かなくて正解だったのかもしれない。でもいつか聞いてみたいと思っていると、教室全体に響いていたピアノの音がちょうど終わりを告げた。
どうやら俺が音楽の授業を好きになれる日は、一生来ないらしい。



各務様へ(鬼道有人/機械人間と空色ギリア設定)



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