私は世界一と言っていいほどの怖がりである。ビビリと言われると響きが悪いから否定したくなるけれど、怖いものが極端に苦手なのだ。そんな私が尾刈斗中に入学してしまったのはとんでもない間違いだった。ただ受験するのも面倒だし、家の近くの学校でいいか。そう思ってしまったのが運の尽きだったらしい。尾刈斗中の生徒はみんな何処か不思議な人ばかりで、そしてその大半が、何処となく、おぞましい雰囲気を醸し出している。私はもちろん大半に含まれない方。そしてそんな私は尾刈斗中でなんとか一年間を過ごし終え(何度絶叫したか覚えてないけれど)、無事二年生になることができた。
私は一年生の時から続けてサッカー部のマネージャーをやっている。サッカー部のメンバーもまたおぞましい人たちの集まりだ。当初知らずにマネージャーとして入部届けを出し、そのメンバーを見てから即座に退部届けを出そうとしたら監督に「マネージャーは貴女一人しかいないので辞められると困るんですがねえ」とかなんとかこれまたおぞましい笑顔で言われてしまい(あれは完全に脅しだ!)結局続けることになっているという。
そんな私は今日もびくびくしながら真っ白のタオルを両手に抱えてサッカー部の部室の扉を足の爪先で軽く二度蹴った。両手が塞がって扉が開けられないのだ。


「だ、誰か、いますかー…?」


控えめな声でそう言うと暫くして軋む音を立てながら開く部室の扉。その奥は真っ暗で何も見えない。「ひっ」と小さく声を上げるもこのタオルを部室に置かなければならない、そう自分に言い聞かせて一歩前へ踏み出す。


「あ、りがとう、ござい…ま…」


突如。その暗闇からぬうっと白い手が伸びてきて扉を掴む。続いて出てきたのは白い顔。その顔には不思議な模様の目隠しがしてあって、私の目の前で止まる。ニヤリと笑うその口端から一筋の赤い雫が垂れ、彼の顎を汚し、ぽたりと地面に落ちた。


「こんにちは」
「ぎゃあああああ!!!」


両手を離し、踵を返し、全速力で部室と逆方向へと駆け出す。
部室の前には真っ白いタオルが落とされて砂まみれになり、きょとんとした表情の白い顔をした人物が残されただけとなった。














「酷いですね、人の顔を見て逃げ出すなんて」
「ひっ、酷いのは幽谷くんだよ!あっ、ああ、あんなっ…ホラー映画のワンシーンみたいな登場しなくても!」
「僕はただブラッドに貰ったトマトジュースを飲んでいただけです」


ほら。そう言って部室の真ん中にあった机に置かれたトマトジュースの缶を指差した。未だに震えが止まらない私は泣きそうになりながら幽谷くんを睨みつける。とんでもなくお騒がせな人だ!ああ、ちなみに彼は幽谷博之くん。この尾刈斗中サッカー部のキャプテンであり、先程の白い腕白い顔の持ち主である。


「わ、私が怖がりだってこと知ってるくせに…っ」
「だから怖がらせようと思ったわけじゃなくて、」
「っていうかなんでカーテン全部閉めてるの!」
「西日が眩しかったので」
「せ、せめて部室の電気くらいつけてよ!」
「ちょうど電球が切れてます」
「監督ー!監督ー!早く電球持ってきてー!」


居もしない監督の名を叫び、まあ居ないわけだから返ってくるはずもない返事を勝手に期待し、返ってこなかったことに悲しむ。無駄なことだけれど今の私はこうでもしないと平常心が保てなかった。部室の床に蹲りながらその隅で泥にまみれたさっきまでは真っ白だったタオルを見つめる。


「ああ…また洗濯しなくちゃ…」
「いつも大変ですね、みょうじさん」
「誰のせいでこんな…!」


私は一刻でも早く終えて帰りたいのに。悔しいのと少し残った恐怖感とで目が少し潤んだ。涙目になりながら床を見つめていると不意に幽谷くんの足が此方に向かってくるのが分かって顔を上げる。少し暗闇に慣れたこともあってか、幽谷くんの肌が白すぎるのが理由か、彼の姿をぼんやりと目で確認することができた。彼は床に膝をついて私の頬に手を伸ばす。その手はひんやりと冷たかった。


「ゆ、幽谷、くん?」
「すみません、本当に驚かすつもりじゃなかったんです」


その手が私の熱を持った目元に触れる。冷たいとさえ思う体温にこの人は本当に生きているんだろうかと少し心配になった。じっと不思議な模様の目隠しを見つめたけれど、彼の眼は私には見えないままだ。


「泣かないでください、みょうじさん」
「な、泣いてないよ!大丈夫だから…」


どうしたことか、目元以外が熱を持っている気がする。幽谷くんが触れた頬が特に。それから心臓の音がやけにうるさく聞こえて、暗闇の中幽谷くんから目が離せなかった。恐怖とはまた別の意味で心臓がドキドキしてる。


「あ、の…」
「みょうじさん…喉渇いてませんか?」
「え?」


突然の言葉にきょとんとする私を置いて幽谷くんはごそごそと自分の鞄を漁った。それから一つ私に差し出したのは机の上と同じトマトジュースの缶。呆然とする私の手腕を優しく握って彼は私にそれを押し付けた。


「随分たくさん貰ってしまったので、飲みきるのに協力してください。意外と美味しいですよ」
「あ、えっと、あの、幽谷くん…?」


そう言ってさっさと飲みかけのトマトジュースの缶に口を付ける幽谷くん。さっきまでの雰囲気は一体何だったんだ。こんな変な気持ちになったのは私だけ…なんだろうけど、おかしいな、幽谷くんの肌は真っ白なのに、どうしたことか耳だけが薄らと赤く染まっている。今の彼の耳は手と違って冷たくないんだろうか。そう不思議に思いながら手渡されたトマトジュースの缶のノブに指を掛けた。



Fine様(幽谷/指定無し)



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