※先輩ヒロイン




陸上をしていた風丸を、私は知っている。走ることが楽しくて、毎日楽しそうに走っていた。その目はいつもキラキラ輝いていたなあ、そう思いながら久しぶりに会った風丸と肩を並べて二人、河川敷の横の道を歩いていた。


「こうしてなまえ先輩と帰るのは久しぶりですね」
「ん?そうだっけ」
「なまえ先輩が陸上部を引退してから、ずっと時間が違ってて一緒に帰れなかったじゃないですか」
「あー、そっか」


私の隣を歩く風丸は顔を西日に照らされながらにっこり笑った。その笑顔も、髪型も、声も、何も変わってなんかいない。ただ一つ変わったのは、彼が陸上部にはもういないこと。


「風丸はもう陸上はやめちゃうの?」


思わず口を突いて出た言葉は戻ることなくそのまま風丸の耳に入ってしまったらしい。しまったと思い隣を見ればきょとんとした様子の風丸が私を見ていた。


「…ああ、俺がサッカー部に入ったからですか?」
「え、と…まあ、そんなとこ」
「まだ…やめるとか、そんなことまで考えてないです。とりあえず幼なじみのサッカー馬鹿に頼まれて助っ人として入ってたはずなんですけど」


何時の間にか。そう言ってけたけたと笑う風丸に一つの疑問を抱く。思い切って聞いてみようか、と口を開いた。


「無理してるとかじゃないの?」
「え?」
「頼まれたから、本当は陸上を続けたいんだけど抜けられなくなって、今もまだ続いてる…とか。私、陸上やってる時の風丸を知ってるから。すごく楽しそうに走ってた風丸を、知ってるから」


真剣な表情で彼を見れば、心底驚いたように私を見ていた。でも、本当のことだ。私は陸上を楽しんでいた風丸がとても好きで、今でもその気持ちは変わっていない。だからその陸上を風丸の幼なじみが彼から奪ってしまったなら、私は許せないと思っていた。風丸は陸上がとても好きだったというのに。するとゆっくりと彼の口角が持ち上がって柔らかな笑みを作る。予想外の表情に私は言葉を失ってしまった。


「無理とかじゃないんです。前は陸上部を抜けて、いつ戻るべきかってずっと悩んでたんですけど…宮坂と話して、俺が本当にやりたいことは何なのかっていうのがやっと分かったっていうか」
「風丸…」
「陸上が嫌いになったわけじゃないんです。でも俺は今陸上よりサッカーが好きで、心から楽しいと思えるのがサッカーなんです」


そう言い切った風丸の表情は、私が知っているどんな彼の表情よりも輝いていた。自然と私も頬が緩んでいく。


「…そっか、風丸はサッカーを楽しんでるんだね」
「はい。もしよかったら今度サッカー部の練習、見に来てください。なまえ先輩もきっと楽しいって思えるはずですから」


本当は私の好きな風丸を奪ったサッカーが少し憎かったんだけど、彼の笑顔を見たらそんなことどうでもよくなった。陸上をしている時より楽しそうな風丸を見てみたい。そう思いながら私は「考えとく」とだけ返事をして、にっと笑いかけた。



さやの様(風丸一郎太/先輩ヒロイン)



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