病室の窓から吹き込む風が女の子みたく綺麗な彼の髪を揺らす。枕元に置かれた花瓶に活けてあるお花も一緒に揺れて、甘い香りが鼻腔を擽った。本のページを捲りながらその静寂を感じていると耳に届いた小さな呻き声。ぱっと顔を上げた先の彼の瞼が震えて、ゆっくりと開かれていった。


「おはよう、お馬鹿さん」


彼、佐久間次郎はゆるゆると首を動かしてその瞳に私を映した。乾いた唇が動いて私の名前を紡ぐ。ぱたん、と音を立てて本を花瓶の横に置いた。


「なまえ…」
「まったく。源田と二人で居なくなって、私や帝国のみんながどれだけ心配したと思ってるの」


そう言えば佐久間は思い出したかのように「ああ」と言って息を吐いた。私を見る瞳が揺らいで、でもしっかりとした意思を宿している。彼が道を踏み違えることはもう二度とないだろう、そう思った。


「すまなかった」
「私より仲間に言った方がいいよ。みんな必死だったから」
「…なまえは怒ってるのか」
「ん?」
「俺が力を求めたことを」


佐久間の片手がゆっくり動き、私の手首を掴む。弱い力だから振り払おうと思えばいつでもできる。けれどそれはできなかった。彼の表情が不安げに曇り、私は言葉を失ってしまう。


「佐久間…?」
「頼む、行かないでくれ」
「それって、どういう、」
「お前まで離れていくなよ…」


彼の手に、ほんの少しだけ力が篭められた。ああ、そうか、やっぱり不安だったんだ。憧れていた人が自分たちの元を離れ全て纏めなくてはならなくなった責任感、後輩たちの期待に応えようと必死に頑張ってきたこと、けれどどうしても憧れの人の穴を埋めることができず、それが佐久間次郎を追い詰めていったということ。彼が力を求めた理由が、たった一言で理解できてしまった。本当に苦しかったのは彼だろうに、どうしてだろう、私の胸が悲鳴を上げている。


「これからまた頑張るから。俺にはもう、お前しか…」
「佐久間はもう十分頑張ったよ。佐久間なりに精一杯努力してる。帝国のみんなにもちゃんと伝わってた。みんな佐久間と源田のこと、分かってる」


帝国のみんなが必死になって佐久間と源田を探していたこと。佐久間たちは自分が頑張らなきゃってなって周りが見えていなかったのかもしれないけれど、帝国のみんなはちゃんと二人の頑張りを理解していたんだ。


「私は何処にも行かないよ。これからは佐久間と一緒に私も頑張るから」
「なまえ、」
「全部自分だけで背負わないようにね。それに私だけじゃなくて、帝国のみんなもいる。みんなで頑張ろうよ」


もう片方の手で彼の頬に触れた。不安げに揺らいでいた瞳は優しい色を灯して、瞼の下に隠れた。小さく呟かれた「ありがとう」という言葉に、涙が零れそうになった。


「ありがとう、なまえ」
「いっぱい頑張らせてごめんね、佐久間」


こちらこそありがとう。そういう意味を込めて、私は彼に笑いかけた。



クロハ様(佐久間次郎/切甘)



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