桜が咲き乱れる季節、私たちはこの時期に入学し、それからこの季節に卒業していく。気付けば怒涛の中学生活を終え、私たちは高校生への第一歩を踏み出そうとしていた。卒業式も終わりみんな思い思いに過ごし、記念写真を撮ったり何なりしている。私は一人、ぼんやりと桜の木を見上げていた。
「友達いないのか?お前」
「…失礼な。ちゃんと居ます」
不意に失礼な声が届いたと思いそちらを振り向けば、見覚えのある青い髪。風丸一郎太は私と同じ黒い筒を手にしたまま私の方を見ていた。
「そういう風丸も一人じゃん」
「俺はさっき別れてきたんだよ。後で河川敷でサッカーやろうぜって約束したからな」
「へえ。相変わらずサッカーに夢中なんだね、風丸」
「まあな」
そう言って同じ桜の木の下に入ってきた風丸は空を仰ぎ見て「すごいな」と感嘆の息を漏らした。満開の桜は私たちを祝福してくれているようで、なんだか嬉しくなってしまう。
「ま、卒業とは言え殆どみんな同じ高校だもんね」
「サッカー部のメンバーは誰一人欠けてないし、別れを惜しむ必要もないからな」
「あー、私もそんな感じ」
義務教育ではないにせよ殆どの子が同じ高校に進む。だから卒業してもまた逢えるし、そう悲しむ必要もないのだ。
「俺、みょうじに言っておきたいことがあってさ」
「ん?私たちも同じ高校だよね?」
「まあそうなんだけど。今言いたいんだ」
「ふーん。…じゃあ、どうぞ」
聞きますよ。そう言って風丸に向き直れば少し緊張した表情の彼。桜の花びらと同じような色に染まった彼の頬に首を傾げていると意を決したかのように口を開いた風丸が言葉を紡ぐ。
「ずっと前から、みょうじのことを見てたんだ」
「え?」
「お前は俺のことを友達としか見ていないかもしれない。でも俺は、みょうじのことが好きだ」
ふわりと春風に乗って桜の花びらが舞っていく。目を瞬かせて驚くだけの私と真剣な表情だけど薄らと頬を染めた風丸。次第に状況を把握していくとドキドキと鼓動が早くなる私の心臓。でもなんだかそれも恥ずかしくて、へらりと笑ってみせた。
「卒業式の後に桜の木の下で告白、なんてベタだね」
「…仕方ないだろ、ずっとタイミングが掴めなかったんだから」
「でも、幸せかもね。こういうのも」
多分、今の私の頬は風丸に負けないくらい…いや、それ以上に真っ赤なんだろう。それでも胸の中は幸せな気持ちでいっぱいで、私は満面の笑みを風丸に向けた。
「私も、風丸のことが好きだよ」
「え、そう…だったのか?」
「うん。同じくタイミングが掴めないままだったけどね」
そう言えば風丸も嬉しそうに微笑んでくれた。冷たい冬を越えて温かくなった今日、私たちは中学を卒業して、それから、友達をも卒業することとなった。
氷子様へ(風丸一郎太/しあわせな春のお話)
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