(変わり者だと蔑む人間こそ)
(本当の変わり者だと思う)






くるり、と指先で筆記具を弄んだ。数日前からやたらとあの黄色い声が頭から抜けない。しかも、あの一言だけ。


『藤城さんなんかと』


あの言い方は明らかに対象の人物を蔑むようだった。あれは自分が藤城より勝っているという確信でもあったが故にそう言ったのだろうか。だとしたら一体何が勝っているというのだろう。きっと何でもない。どちらが勝者でも敗者でもないのに、自分を勝手に勝者に見立てて上から物を言っているだけだ。他人のことにとやかく言うつもりはないが、俺は前例があるからこそ、大した理由もないのに他人を蔑む人間をそう好まない。もう一度くるり、と指先で筆記具を回してみる。
本人はあまり気にしていない様子からしてああいうのは聞き慣れているのだろうか。特に表情に変化が見られなかったことについて考えてみた。…かと言って、本人がいいにせよ俺は気に入らない。ちらりと視線を前に向けると黙々とノートをとる藤城の後姿。あいつは今も普段と変わらぬ表情でいるのか、先日のことなど気にも留めていないのか。


(…どうしてあいつに此処まで固執する)


ふと自分自身に質問を投げかけてふうっと溜息を吐いた。気付けば自分のノートは真っ白で、指の動きを止めて筆記具を握りなおす。白いノートに筆記具を押し付けて黒板に書かれた白い文字を写し始める。
結局、もやもやした気持ちは晴れないままだった。















その日の昼休み。俺はあの日から毎日変わらず屋上へと足を運んでいた。今日も例外ではなく、藤城が来る前に屋上の重い扉を押し開ける。開けたと同時に明るい日差しと青い空が目に入りコンクリートの地面に足をつける。誰もいない屋上だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。黒い影になってフェンスに近寄っている人物が一人。


「今日は私の方が早かったですね」


カメラを持ったまま振り向く藤城は相変わらずの無表情だった。やはり数日前のことは何も気にしていないのか、カメラへと視線を落とすその仕草は以前と何も変わらない。どうして気にしていないんだろうと考える反面、少し安堵感を抱いた。どうして安堵したのかとか、此処まで固執するのかとか、そんなことは俺に分かるはずもない。


「お前より早く教室を出たつもりなんだが」
「私も鬼道くんより早く教室を出たつもりでした」
「じゃあ教室に残っていたのは一体誰なんだろうな」
「さあ、私の影武者じゃないですか」
「影武者なんかいたのか」
「実は瓜二つの双子の妹が一人」


数秒ほどの沈黙の後、藤城は静かな声で「すみません、冗談です」と呟いた。確かに当初と比べればそれなりに会話を交わしているのかもしれないなと思いながらいつものようにフェンスに身体を預けるようにして凭れる(冗談なんかが藤城の口から聞けるとは思ってもみなかった)。藤城は地面にカメラを置いて黙々と昼食を取り始めていた。と、不意に声を掛けられる。


「いいんですか」
「何がだ」
「前に言ったことです」
「…変人扱いとかいう話か」
「はい。私なんかといては鬼道くんの人気が下がるだけかと」


もごもごと何かを口に含みながら言われたその言葉が引っかかり、俺はじっとゴーグル越しに藤城を見た。俺の視線を感じとっているのか否か、藤城は黙々と口を動かしている。


「それも前に言っただろう」
「あの集団に媚を売りたいわけじゃない、と?」
「そうだ」
「媚を売るとか売らないとか、そういうのじゃありません」


藤城のいうことがよく分からず軽く首を傾げながらフェンスから身体を離し、近づく。その横に腰を下ろすと藤城は箸を止めじっと俺に目を向けた。


「鬼道くんは私なんかよりもっと一緒にいるべき人がいるのではないかと思いまして」
「一緒にいるべき人?」
「はい。例えば鬼道くんの彼女さんとか」


屋上を沈黙が駆け抜ける。言葉を失い呆然とした表情を浮かべているであろう俺を藤城は不思議そうに見ていた。暫くするとそれさえ滑稽に思えてきて笑いが込み上げそうになったけれど、なんとか口元に手を添えることでそれを抑え込む。


「彼女がいるように見えるか?」
「あれだけの人気でしたら、一人や二人くらいは」
「俺はそんなに軽くない」
「確かに軽そうには見えませんが」
「そんなものいない」


再び暫しの沈黙。それを先に破ったのは藤城の方で、「意外です」とぽつりと零してまた箸を動かし始めた。今日も前以って購買で買って置いたパンを取り出しながら、俺はもう一度口を開く。


「俺は此処に来たいからこうしている。それだけだ」
「…鬼道くんは、」
「?」
「変わった人ですね」


藤城の方へ目を向けて、すぐに視線を外した。ゴーグルをしているから表情は読み取られないだろうと思ってはいるものの、思わず頬が緩みそうになる。何故なら彼女が、


「お前もな、藤城」


口元に薄らと笑みを浮かべていたから。









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