(人間はよく分からない)
(…結局のところ、私も人間なんだけれど)





私はあの夕方以来相棒こと一眼レフカメラを手放すことができなくなっていた。以前から大切ではあったけれど今はもう誰にも見せることができない。何故なら、見られては困る画像が残っているからだ。空ばかりの一眼レフカメラの中に一枚だけ、人の写真が入り込んでいる。嫌ならさっさと消去してしまえばいいだけの話なんだけれども、それがどうにもできない。西日に照らされグラウンドを駆け抜ける鬼道有人。あれからまた数日経って何枚も風景を撮っているというのに、その画像はちゃんと残ったままだった。
屋上で出会う鬼道有人は嫌味っぽくてああ言えばこう言うタイプ、自信家で…でも極端に嫌われるタイプじゃない。そんな不思議な男の子だ。けれどグラウンドに立っている彼は凛々しく指令塔として活躍しており、ボールコントロールも抜群だった。完璧という言葉が似合う人だと思った。そんな【屋上の鬼道有人】とはまた別人のような【グラウンドの鬼道有人】。一眼レフカメラの内側に映し出されている唯一の人物の写真にじっと視線を落とした。


「今日はやたらとカメラを見つめているな」


よく聞き覚えのある声。私は思わず肩が跳ね上がりそうになるのをなんとか堪えて、さり気なくカメラの電源を切った。今は昼休みではなく、授業の合間の休み時間だ。教室で彼、鬼道有人に話しかけられるのは今日が二回目だった。テストの時はみんな自分のことに必死だったけれど、休み時間もそう変わらない。とは言えやっぱり休み時間の方が自由なのだから、鬼道有人目当てでこの教室を覗きにきている女の子もそれなりにいるわけで。私が顔を上げると、いくつかの鋭い視線が私に突き刺さった。多分鬼道有人本人は気づいていないんだろう。


「…別に、普段通りですが」
「教室でカメラを取り出しているところは今まで見たことなかった気がするが」
「偶然かと」


鞄を引っ張りその中に相棒をしまいこむ。もう一度ちらりと扉の方を見てみれば、女の子たちが怪訝な表情を浮かべてひそひそと話している。なんとなく話の内容は想像がついた。私は誰とも関わろうとしないし、とても影の薄い存在なんだろう。そんな私がどうして(彼女たち曰く)憧れの鬼道有人くんと一緒に?といったところか。鬼道有人も鬼道有人だ。彼女たちの熱い視線に気付かず悠々と私のカメラの話なんかをしているんだから。


「私にはあまり関係ない話ですが、鬼道くん」
「…なんだ」
「私に話しかけるより、ファンサービスでも行った方が好印象ではないでしょうか」


きょとんとした鬼道有人を見て溜息を吐きたくなるのを堪え、思い切って扉の方を指差してみせた。振り返った鬼道有人はあからさまに顔を顰めると溜息を吐く(私は堪えたというのに)。鬼道有人が振り返っただけでも嬉しかったのだろうか、怪訝な表情を浮かべていた彼女たちの顔がぱあっと明るくなり、鬼道くん鬼道くんと黄色い声が聞こえてきた。


「別にあの集団に媚を売りたいわけじゃない」
「いいじゃないですか、あれだけ熱心なんですから」


逆にどうして此処まで構ってあげないのだろうかと疑問に思った。私は人間と関わるのがそう好きじゃないから、万が一鬼道有人の立場だったとしたら何がなんでも接しないようにしようとするだろう。でもそんな万が一があるわけでもなく、鬼道有人は私ほど人と関わるのを避けているようには思えない。人間に好かれるのも嫌ではないんじゃないか。


「ああいった集団は苦手だ」
「鬼道くんにも苦手なタイプってあったんですね」
「俺も人間だからな」
「誰とでも上手く付き合っていけるのかと思っていました」
「…微塵にも思っていないだろう」


教室の窓からグラウンドへ目を移してそう言えば、また隣で溜息が一つ。それを聞く度に私も同じように溜息を吐きたくなった。どうして私が溜息を堪えなければいけないのか、それさえ分からなかった。
とうとう扉の方から私にも聞こえるくらいの声で「なんで藤城さんなんかと鬼道くんが話してるわけ」と不平の声が聞こえ始める。特に私はそういうのを気にしていないけれど、鬼道有人はまた扉の方を振り返った。やはり彼にも聞こえていたんだなあと思いながら、私はとうとう溜息を吐いて口を開く。


「私と居ると、鬼道くんも変人扱いされるかもしれませんよ」


女の嫉妬とは恐ろしいと思う。以前一番最初に巻き込まれたくないと思ってはいたけれど、まさかこうして嫉妬の矛先を私に向けられるとは思ってもみなかった。ふと鬼道有人へ視線を戻すと、じっと彼が私を見ていた。


「俺はお前を変人だと思ったことはない」


それだけ言い残すと彼はさっさと私の机を離れて自分の席に戻っていってしまった。それと同時に授業開始の合図となるチャイムが鳴り響き、何時の間にか扉付近に居た女の子たちも居なくなっていた。
…確かに鬼道有人からは変人と聞いたことはなかったなと今更ながらぼんやり思っていたけれど、特にそれについて深くは考えず、机の中から次の授業の教科書とノートを取り出して机の上に置いたままだったシャーペンに手を伸ばした。









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