(これくらい当たり前だった)
(それなのに)




授業中だというのに教室がざわつく。辺りから聞こえてくるのは「やばい」だの「見たくない」だの悲観的なものばかり。ついこの間行われた中間考査の結果で、これから数学が帰ってくるらしい。この様子からしてざわついている人たちはあまり良いできじゃなかったんだろう。ぼんやりしている内に名前を呼ばれていって、気付けば自分の番だった。こんな紙切れ一つでどうしてそんなに喜んだり悲しんだりしているんだろうと客観的に捉えながらそれを受け取る。大体こんなテストなんて寝る前に教科書でもなんでもちらりと読んでおけばそう悪い点数を取るものじゃないだろうに。私は自分の点数を見て心の中で呟いた。


(ほら、やっぱり)


いつもと同じ点数だと大して感動もせずその紙切れをしまおうとする。と、不意に手が伸びてきて、私の目の前からそのテストは姿を消した。顔を上げるといつの間にか私の前に鬼道有人が立っていた。


「勉強はできるんだな」
「…勝手に何してるんですか」


少し引っかかる言い方に思わず眉間に皺が寄る。鬼道有人が教室で話しかけてきたのは初めてだ。だって私と彼は昼休みに少し話す程度だったから。それだけでも好んでいなかったというのに、教室でまで話しかけられた。しかも、人の解答用紙の点数を見て。


「満点か」
「そういう鬼道有人くんは?」
「俺も満点だ」
「そうですか、おめでとうございます」
「…もう少し感情を込めてくれてもいいと思うんだが」
「とりあえず解答用紙、返してもらえます?」


本当に面倒だ、と思いながら手を伸ばす。けれど返ってくると思っていたものは手の内に返ってこず、私の目の前でひらひらと揺れていた。何を思っているのか、鬼道有人は無表情でじっとこっちを見ていた。


「…あの、」
「お前は笑えないのか、機械人間」
「は?」


なんだ、この失礼な男は。人の点数を見て解答用紙を返さない上に「笑えないのか」と聞いてきた。わけが分からない。少し苛立った私は椅子から腰を浮かすと素早く腕を伸ばして鬼道有人の手から解答用紙を引っ手繰る。今はちょうどクラス中がざわざわと点数のことで席を立っていたりしたからか、私たちはそう目立たなかった。


「少なくとも、鬼道有人くんの前で笑おうとは思いません」
「そうか」


それだけ言えば鬼道有人はさっさと自分の席へ戻っていってしまった。一体何なのだろうか、あの男は。苛々する気持ちを抑えるべく、私は手に持ったままの解答用紙を握る手に力を込めた。
ぐしゃり。















「図太いですね、鬼道有人くん」
「褒め言葉として受け取っておく」


その日の昼休み、また屋上へ向かうとそこで見たのは青いゴーグル。ああ言った後だというのに平然と其処から空を見ている鬼道有人に、ずばり思ったことを口にした。彼が私より先回りして屋上に来ているためか、最近は空に挨拶をしていない。彼と出会ってから吐いた溜息は何度目だろうかと意味のないことを考えながら、また私は溜息を吐く。歩を進めてフェンス越し、今日も私はシャッターを切った。


「藤城、」


そこでふと、初めて苗字だけで呼ばれた。隣を向けば少し俯くようにしている鬼道有人。どうかしたのだろうかと気に掛ける私と、ほっておけばいいと心の中で囁く私。関わりたくないのに自分から関わってどうする、と。それでも私の口は勝手に動いていた。


「…なんですか」
「さっきはすまなかった」
「…はい?」


まさかあの鬼道有人の口から(と言えるほど長い付き合いではないが)謝罪の言葉が出るとは思ってもみなかった。思わずぽかんと口を開けた私の横で、彼は言いづらそうに口を間誤付かせている。そんな鬼道有人を見たのは、初めてだった。


「お前があまりにも感情を表に出さないから、少しでも出させてみたかった」
「はあ、」
「だからと言って怒らせたかったわけじゃない。だから、こうして謝った」


すまなかった、ともう一度隣で声がする。それは以前のように私をからかうように言っているわけじゃなく、鬼道有人なりに考えた結果なのだろう。ぼんやりとそんなことを考えて、初めて私に踏み込んできた彼を不可解に思う反面、先刻までの嫌な気持ちが私の中で薄らいだ気がした。


「…笑えと言われて笑うことはできませんが、」
「?」
「鬼道くんの前では、私、他の人より感情を表に出していると思います」


今までのそれがいい感情だったかどうかはさておき。動かない表情のままあえてフルネームじゃなく苗字で彼の名前を口にする。鬼道有人と話した後はいつも頬が痛い気がする、普段必要最低限しか動かしていない筋肉を動かしているからだろうか。
じっと見ていると、見えないゴーグルの奥の瞳が一瞬垣間見えた気がした。それからもう一度注意深く見てみたけれど、ふいっと顔を逸らされてしまってそれも叶わない。ふとがさがさという音がしたかと思えば、右手首をぐっと掴まれた。


「え」
「やる」


短く告げられて手のひらに何かを乗せられる。それを目で確認する前に鬼道有人はさっさと私に背を向け今日は屋上でお昼も食べずに購買の袋を片手に扉の向こうへ消えていった。久々に一人になった屋上でもう一度手のひらへと視線を移す。


「…よく分からない人だ」


そう言いながら手のひらの上に乗っていた可愛らしいプリンを見て、頬が綻んだ。








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