(あの黄色い声に囲まれているよりは)
(十分有意義な時間だと思ったからだ)




耳を突く学校のチャイム音。間延びする授業終了の挨拶を聞きながら、俺は同じように挨拶することなく軽く頭を下げるだけにした。静かだった教室が途端ざわざわと騒ぎ出す。次の授業の予習は済ませてあるし、特にこれと言ってすることもない。顔を上げると前の席の方で机に突っ伏している男が一名。あの様子からしてどうせノートも取っていないんだろうと胸の内で溜息を吐きながら先刻受けたばかりの授業のノートを片手に立ち上がりその男に近づく。突っ伏していることで曝け出されている後頭部をノートで軽く叩いてやると、男はもごもごと言いながら上半身を起こした。


「んー…あ、授業終わったのか?」
「お前が夢の中に居る内にな。どうせノートも取っていないんだろう、貸してやる」
「おっ、サンキュー鬼道!すっげー助かる!」
「礼を言う暇があるならさっさと写せ」


そう言えば歯切れ悪そうに口を間誤付かせて、嫌々ながらといった様子で目の前の男、円堂守は自分のノートを開き、手を動かし始めた(それにしても本人は読めるのか、この字を)。特にこれと言ってすることがないのは先刻と同じだったから、俺はちょうど空いていた円堂の前の椅子に腰掛けながらぼんやりと教室中を見渡した。豪炎寺は窓際の席で机に突っ伏しているが、あいつは真面目だからノートは取っているんだろう。一之瀬と土門は相変わらず一緒に居るようだ、今も変わらず楽しそうに話している。風丸の姿は今はなかった。半田たちのクラスにでも行っているんだろうか。と、サッカー部の面々を見渡した先、ふと目に留まった一人の生徒。そいつは豪炎寺と同じ窓際で、一番前に座っていた。藤城ゆい、俺が数日前に屋上で逢った変わった女。屋上で一人でいた時の彼女の表情はとても輝いていたというのに、俺と話している時や…そう、今はまるで無表情だ。本当に機械人間のようだと思った。俺も別の意味では機械人間だったと言えるが。


「何見てるんだ?鬼道」
「…いや、なんでもない」


いつの間にか藤城ゆいから目を離せなくなっていたらしい。急に円堂に声を掛けられ驚きこそしたものの外には出さず、自分のゴーグルに触れながら円堂に向き直った。「そういえばさ、」と器用に手を動かしながら話しかけてくる円堂の声を聞き漏らさないように、とざわつく教室の中円堂の声に耳を傾ける。


「藤城って不思議なヤツだよな」
「…」


こいつ、俺が何を見ていたか分かっていたのか。あえて何も言葉を返さず俺は円堂から顔を背ける。豪炎寺は未だに起きる気配がない。


「なんて言うか、あんまり笑わないって言うか…」
「お前にとって笑わない奴はみんな不思議になるのか」
「そうじゃないって!ただ楽しそうに話してるところを見たことないなと思っただけだ」


俺が咎めたと思っているのか、円堂は慌てて顔を上げるとぶんぶんと左右に振る。
楽しそうに、それは俺が先刻ぼんやりと考えていたことと同じだった。藤城ゆいのことをとやかく言える程俺は彼女と付き合ってきたわけじゃない、ただのクラスメイトの位置にいるだけだ。それでも藤城ゆいが誰かの前で楽しそうに話している姿なんて見たことがなかった。初めてみたのが、屋上でのあの表情だった。


「楽しいことがないのかなあ」


うーんと唸りながら手の動きが止まったことについて指摘してやれば、慌ててその手を動かし始める。もうすぐ全て写し終わりそうだとその様子を見ながら思った。楽しいことがない、だから楽しそうじゃない。そうなのかもしれない。でも藤城ゆいは楽しそうだった、屋上で空を撮っている時は。だから楽しいことがないわけではないようだし、実際に楽しそうじゃないのは誰かの前にいる時のようだ。どうして人前で楽しそうに笑わないんだろうか。


「さあ、どうなんだろうな」


またチャイムが鳴るのを聞いて、ちょうど写し終わった円堂の目の前からノートを掴むと自分の席へと戻った。風丸が何時の間にか教室に戻ってきていて、豪炎寺が上半身を起こしており、次の授業を担当する先生が教室に入ってきても、俺は一番後ろの席から藤城ゆいの後姿をぼうっと見つめていた。








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