(誰が機械人間だ)
(そっちの方が十分機械人間じゃないか)




つまらない授業を受け終わり、昼休み。今日も階段を駆け上がり、私は目の前いっぱいに広がる大空に向かって声を掛けた。


「こんにちは、今日も綺麗な青だね」
「ああ、そうだな」


空から返ってくるはずのない返事。弾んでいた気持ちが一気に萎んでいくのを感じる。重い扉にかけていた手を離すと私の背後でそれが鈍い音を立てて閉まった。ゆっくり顔を横に向けた先には、今日も以前と同じく目に入る青いゴーグル。


「…鬼道有人くん」


口にすれば重苦しいとさえ思ってしまう名前。確か私が教室を出た時にはまだ教室に残っていたんじゃなかったか、と考えてみたけれど彼のことを注意深く見ていたわけでもなくその考えは曖昧に溶けていった。


「なんで此処に居るんですか」
「居ると思って俺に話しかけたんじゃなかったのか?」
「私は鬼道有人くんに話しかけたわけじゃありません」
「じゃあ独り言か?」
「空に話しかけただけです」
「…空」
「空です。何か問題でも?」


人に関わりたくないと思っているのに、普段なら私が突き放せばみんな寄ってこないのに、どうして鬼道有人だけは私に二日も続けて構ってくるんだ。訝しげな返答を聞きながら私は歩を進めると、また今日も屋上のフェンスの前で相棒を構えてぱしゃりと一枚。一眼レフカメラに映った画像をみて頬が緩んだ。


「毎日こうしてるのか?」
「そうですよ。空に話しかけて写真を撮ってます。それで鬼道有人くんはどうして今日も此処にいるんですか」


相棒をそっと地面に置くと、私は彼を気にせずその横に座り込み膝の上でお弁当を広げた。毎日一人で頑張って作ってるお弁当。私は昼休みの時間が、一人で空と一緒に過ごす時間が大好きだ。…今日と昨日は一人じゃないから楽しさも半減してるけど。


「案外屋上もいいところだと思ってな、今日から此処で昼休みを過ごすことにした」
「…冗談は面白くないですよ」
「冗談じゃないからな」


そう言って図々しくも私の隣に腰を下ろす鬼道有人。私は手に持った箸を動かすことができなかった。…あまりに衝撃的なその一言が原因だった。


「巻き込まれたくないと、昨日言いましたよね」
「現に今は巻き込んでいない。これなら問題ないだろう」
「私は一人がいいんです。一人で静かに空と一緒にご飯を食べたいんです」
「だったら俺が話しかけなければいいだけじゃないか」
「今話しかけてるでしょう」
「それは藤城ゆいが俺に話しかけているから返しているだけだ」
「…随分幼稚ですね」
「それはお前も同じだ、機械人間」
「機械人間なのは鬼道有人くんの方だと思いますが」
「確かに俺も機械的な部分はある。だから俺も藤城も両方機械人間ということだな」
「私まで機械人間にしないでください」
「お前は昨日機械人間であることを受け入れただろう」
「…」


言い返す言葉も出ない私はぽかんと口を開けるしかなかった。一方勝ち誇ったように口角を上げた鬼道有人は持っていた袋から購買で買ったらしいパンを取り出して一人黙々と口に運び始める。どうして私がこんなやつと一緒に昼休みを過ごさなきゃいけないんだ。私は一人がいいのに。人と関わるなんて面倒なこと、したくないのに。


「…どうして私の昼休みを邪魔するんですか」
「邪魔をしているつもりはない。屋上は藤城ゆいの所有物ではないんだからな」
「…ああ言えばこう言いますね」
「お前もな」


本当に食えない男だと私は表情が歪むのが分かった。胸の中を不快感が駆け巡る。面倒に巻き込まれるのも、こうして胸の中を掻き乱されるのも嫌だ。だから私は誰かと関わろうとは思わない。あえて彼に聞こえるように大きく溜息を吐いた。


「私の昼休みが…」
「もう一度言うが別に邪魔はしていないだろう」
「十分されてます。私が鬼道有人くんにこんなに話しかけている時点で」


そこでようやく玉子焼きを箸で摘んで口に運ぶ。その味に頬が綻み、やっとのことで私は至福の時を味わった。美味しい。隣でかさかさと鬼道有人が持っていた購買の袋が立てる音が聞こえながら、屋上を駆け抜ける風を感じながら、私は彼の声を聞いた。


「俺は追いかけられていた昨日よりは、十分有意義な時間を過ごしているんだが」


思わぬ内容にまた箸が止まる。暫くどちらも口を開かないまま、鬼道有人は黙々と昼食を取っていた。有意義とは、意味のあること、価値のあることを差す言葉だったような気がする。暫く考えて、私はタコさんウィンナーを口に運びながらこう言った。


「…そうですか」


たまには普通に人間と話してみるのも悪くないかと心の中で空に話しかけた、そんな快晴の日。









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