(私には空があればそれでいい)
(誰とも関わりたくないんだ)





私は人間だ。それは紛れも無い事実であり、自称というわけでもなく、生身の人間である。雷門中学校に通う中学二年生、藤城ゆい。口数は多くなく、あまり人と干渉することは好まない。一人が一番好きだ。孤独だとか、寂しいだとか、そんなこと考えたこともない。だって私はいつだって一人のようで一人じゃないから。
今日も私は昼休みにお弁当と【相棒】を持って見慣れた廊下を歩き、階段を上り、思い金属の扉を両手で強く押す。そして一歩コンクリートの床に足を踏み出して大きく息を吸い込んでこう言うのだ。


「こんにちは、今日もいい天気だね」


誰がいるわけでもない、私は空に向かって話しかけている。私が一人のようで一人じゃない理由、それはいつでも空が近くにあるからだ。本日は雲一つ無い快晴。青々しく広がる大空に私の胸は高鳴った。私は地面にお弁当を置き、【相棒】を手に持つ。
【相棒】とは即ち、一眼レフカメラのこと。小学校の頃にお父さんにもらったお古だからかなりお爺さん(お婆さんかな)カメラなんだけど、私にとってはこれ以上ない宝物だ。だって、私の大好きな時を、その一瞬を永遠に収めておくことができるのだから。


「ご飯食べる前に一枚、取らせて」


そう言って屋上のフェンス越しに稲妻町を見下ろす。この風景がとても好きだ。日が昇ったばかりの登校時、こうして日が昇りきった昼食時、それから西日に照らされる放課後、日が落ちて街頭に照らされる夜。全てが私にとって、輝いていた。
相棒を構えてパシャリとシャッターを切る。取った画像を見返して思わず頬が綻んだ。今日もいい調子だ。


「写真部だったのか?」


と、背後から低い声が聞こえた。この屋上には滅多に人が来ないから、私は大袈裟に飛び跳ねてしまう。危うくカメラを落としてしまうところだった、危なかった。少し恨めしく思いながら視線を背後に向ける。
扉の前に立っていたのは確か…私と同じクラスの、急に転校してきた男の子だ。確か名前を鬼道有人と言った気がする。珍しいゴーグルをつけているその容姿は初めて見た時にとても強い印象を与えた。多分私だけじゃなく、クラス中の皆にだろう。そんな彼がどうして此処にいるのか私には分からなかったけれど、冒頭でも少し触れたが、私はあまり人と関わるのが好きじゃない。それは彼も例外ではなく。


「何か用ですか、鬼道有人くん」


私はクラスに居る時のような口調で彼に話しかける。空に話しかけていた時と違い、いくつも彼との間にバリアを張る。私は他人に深く干渉されたくない。したくもない。だから会話も、必要最低限しかしたくなかった。


「今は俺が質問しているんだが」
「…いいえ、帰宅部です。で、何か用ですか、鬼道有人くん」
「屋上に来たら藤城ゆいが居ただけだ。特にこれと言って用はない」
「そうですか、じゃあなんで屋上に来たんですか」
「それは、」


と、彼が口を開くと同時に扉の向こうから聞こえてきたたくさんの黄色い声。ああ、そういえばこんな容姿でも(だからこそ?)鬼道有人は学校中の女の子に人気なんだとか。誰に聞いたか覚えてはいないけれど、ゴーグルに隠された目が気になるとか、ミステリアスな感じがいいとか、クールなところがかっこいいとか…色々あるらしい。そんな鬼道有人はその声が聞こえてくるとすぐに開けっ放しだった屋上の扉を閉めてしまった。


「こういうわけだ」


少し疲れたように肩を落としながら私の方へ歩み寄ってくる彼は気付けば私の隣のフェンスに背中を預けるようにして立っていた。分厚い金属の扉ではさすがに遮られたのか、もうあの黄色い声は聞こえない。


「もう声聞こえませんよ」
「…戻れば同じことの繰り返しだろう」


折角の一人の時間だったのに、鬼道有人という一人の男の子が干渉してきたせいでそれも台無しになってしまった。今の私は誰かと時間を共有しているわけであり、誰かと会話をしているということになる。なんとなく苛立ちが込み上げた。


「屋上なんかすぐに見つかると思いますよ」
「おかしいな、この屋上にはお前以外あまり訪れないと聞いているんだが」


どうしてそんなことを転校してきたばかりの彼が知ってるんだと私は訝しげな表情を浮かべて見やった。そのゴーグルに隠された瞳は見えないけれど、口角が上がっている。嫌な笑みだと思った。


「よく知ってるんですね」
「まあな」
「遠回しに言っても分かってもらえませんか」
「さあ、何のことだか」


こいつ、分かって此処にいるのか。私が人をあまり好いていないこともきっとお見通しの上で未だ此処に居座っているんだろう。腹立たしいことこの上なかった。誰かに此処まで嫌な気持ちを抱いたのは初めてだ。必要以上に干渉してこなかった私にとって、彼は初めての人間だった。


「巻き込まれるのが面倒なんで、何処か違うところにでも行ってください、鬼道有人くん」
「それはできないな、藤城ゆい」
「どうしてですか」
「お前がいい暇潰しの相手になりそうだからだ」


それからフェンスから背中を離して私に身体を向ける鬼道有人。風が吹いて、私と彼の髪が靡く。私は口元で微笑んでみせて、精一杯の嫌味をぶつけた。


「私は機械人間じゃないので、鬼道有人くんのいい暇潰し相手になれるとは思いませんが」
「俺から見れば十分機械人間だと思うが」


第一印象、


「それはどうも」


最悪。









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