(変わったのは関係とかじゃなく)
(私たち自身である)




鉄塔広場でのこと以来、私たちは少し変わったのかもしれない。けれど今まで通りただ屋上に来ては写真を撮り、お弁当を食べ、そうすれば休み時間終了の合図としてチャイムが鳴り響く。そんな日常に変化はなかった。ただあえて何か変わったと言うのならば、鬼道有人に話しかけられる回数が増えたこと。音無春奈の笑顔をよく見るようになったこと。ああ、それからもう一つ。鬼道有人が多少強引になったことだ。


「藤城」
「既に一度お断りしたはずですが」
「だが俺だけというのはフェアじゃないだろう」
「あれは鬼道くんが勝手に」
「…藤城」
「お断りします」


鬼道有人の手のひらが私に向かって差し出されている。私は両腕を背中に回して相棒を隠した。この男はまたしても私のカメラを見せろと言ってきたのだ。…一応想いを伝えて悪い方向には転がらなかったとはいえ、それはそれ、これはこれだ。見られて恥ずかしい思いをするのは私である。


「やはり見られて困るものが入っている、と」
「そういうわけでは…」
「ならどうして拒む」
「…」
「拒まれると余計に見たくなる性分でな」


不意にゴーグル越しに鬼道有人の眼が光ったような気がしたと思えば口角が上げられにやりと笑みを浮かべた。私は無意識のうちに相棒を握る手に少し力を篭めた。一歩、鬼道有人が私に近寄る。


「嫌です」
「悪いな、もう止まらない」
「傍から聞いて誤解されそうなことを言わないでください」
「意外だな、藤城がそう捉えるとは」
「捉えるも何も状況が状況なので」
「お前が大人しくそれを渡せば済む話なんだが」
「逆に言わせていただくと鬼道くんが諦めて私から離れてくれればいい話なんですが」


一歩、一歩、鬼道有人が近づいてくる度に私の足は後退していく。気付けばがしゃんとフェンスに背中が当たる音がして、ああ、これ以上は下がれないのだと悟った。今途中で誰かが屋上に来ればそういう雰囲気なのかと誤解されそうだが、決してそんな雰囲気ではない。この強情な男が私のプライバシーを侵害しようとしているだけである。いい加減にしろと言ってやろうか、そう思い口を開くと同時に目の前に来ていた鬼道有人の姿が見えなくなる。何処に行ったのか、そう思ったのも束の間、私の耳元で少し低めの声がした。


「ゆい」
「!」


家族以外に自分の名前を呼ばれた記憶なんてほぼ皆無だった私にとって、それはとても衝撃的だった。大袈裟な程に肩を震わせ呆然と立ち尽くすしかない私の手から鬼道有人は一瞬で相棒を奪い取り今までのことが無かったかのようにそれを弄りだす。次第に顔が熱くなるのを自覚しながら思うのはたった一瞬のことに動揺した自分への羞恥。


「ず、るい、です」
「これも戦略の内だ」
「私の相棒を返してください」
「中を見ればすぐに返す」
「見る前に返してください」


腕を伸ばすも鬼道有人はそれを軽々と避けてしまう。何度かそれを繰り返した後、ぴたりと彼の動きが止まった。ああ、嫌な予感がする。


「なるほど」
「…あの」
「いつ撮ったんだ、これは」


それから私に向けられたのはカメラの画面。鬼道有人がグラウンドを駆けている姿。結局見られてしまった。言い訳するにも上手いものが思いつかず、私は暫く考えてから口を開いた。


「少し前です。一之瀬一哉くんに勧められて」
「一之瀬?」
「鬼道くんがサッカーをしている姿を見てみたらどうかと」


にこにこと爽やかな笑顔を浮かべる一之瀬一哉くんが脳裏を過る。普段は見ていて嫌な思いなんてしないはずが今は気に障った。そうだ、彼にあんなことを言われなければ鬼道有人の写真を撮ろうだなんて思わなかったのに。…けれどあの言葉があってこそ、鬼道有人の新たな一面を見ることができたわけだから、彼にはむしろ感謝しなければいけないわけなんだけれども。


「あいつがそんなことを」
「折角見れたので写真に収めただけです」


はっと我に返った私は未だ静止したままの鬼道有人の手から相棒を奪い返した。結局見られてしまったわけだから今更ではあるのだが。


「…見せたがらなかったのはこのせいか」
「変に思われても嫌だったので」
「変とは、どういう意味だ?」


鬼道有人の口元がにやりと歪んだ。しまった、自分で地雷を踏んでしまったようだ。私はすぐに顔を背けるものの、それも上手くいかなかったらしい。未だフェンスに追いやられたままの私の頭の横に腕をついて、鬼道有人は愉快そうに言う。


「人にどう思われようが気にしないタイプなんだと思っていたんだが」
「…鬼道くんは意地が悪いんですね」
「今更だろう」
「まあ、確かに」


逃げられる道こそないものの少しでも抵抗してやろうと顔を背けた。すると彼は、意味深な言葉を放つ。


「機械人間でも、ブリキの心臓じゃなかったというわけか」
「…それ、すごく失礼ですよ」
「別に深い意味はない」
「浅い意味でも失礼です」
「そうか、悪かった」
「もう少し感情を込めて謝っていただきたいですね」


はあ、と溜息を吐いてみせた。すると目の前で鬼道有人が「そうだ」と何かを思い出したかのように呟く。それに釣られるようにして顔を向けた。


「今日の放課後、此処に来い」
「はい?」
「帰宅部ならどうせ暇なんだろう、付き合え」
「…また失礼なことを、」
「これは決定事項だ。教室に戻るぞ」


それだけ言うと鬼道有人はさっさと私から離れて自分だけ屋上の重い扉の向こうへ消えていった。それにしても強引な男だ、鬼道有人に優しさの欠片を期待した私が馬鹿だったのかもしれないなと思い相棒と空になったお弁当箱を持つと、私は二度目の溜息を吐いて彼の後を追った。







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