(空いた口が塞がらない)
(と、言わざるを得なかった)




「恋愛って一体何なんでしょう?」


一瞬耳を疑った。確かにシチュエーションとしてはありえるだろう。しかし目の前の女、機械人間こと藤城ゆいが口にする言葉としてはあまりにもおかしすぎる。ゴーグルを掛けているからこそ間の抜けた表情は見られていないだろうが、俺は思わず口が空きそうになった。何も言葉が出てこない俺を前に藤城は首を傾げながら稲妻町の方へと視線を向ける。夕日に照らされたその横顔には、今日も相変わらず表情はなかった。


「私、今まで誰かを知りたいと思ったことなんてありませんでした。それから今でも人間と接することは好みません。疲れますし、煩いし、面倒だと思いますし…でも鬼道くんにはどうしてか、そう思わないんです」


不思議ですね。然も不思議そうじゃない、それこそ普段通りの無表情でそう言われた。藤城の言う意味がよく理解できず、俺はただ聞き手側に回る。


「鬼道くんは私の中で特別なんだと思います。唯一、一緒にいて不快感を覚えない人です。この特別を何と呼ぶべきか迷いまして。以前音無春奈さんに鬼道くんのことをどう思ってるかと聞かれた時に言われたのが恋愛感情だったんです」
「!」


春菜が言ったということは、多分俺が休んでいたあの日だろう。あの日以外にあいつが藤城に接触できたはずがない。そう考えて溜息を吐きそうになったけれど、それを何とか堪える。


「私は恋愛感情というものが何かなんて分かりません。だから教えて欲しいんです。鬼道くんなら知っているのではないかと」


気付けば藤城の眼が夕日ではなくじっと此方を見つめていて、俺は目が離せなくなった。まさかこうもストレートに言われるとは。


「…藤城は俺と一緒にいる時間と一人でいる時間、どちらの方が好きなんだ」
「好き…と言われるとよく分かりませんが、温かい気持ちになるのは鬼道くんと一緒にいる時です」


これならまだ直接好きだと言われた方が対応しやすい。どう返すべきか答えに悩みながら、それでも俺自身少なからず喜びを感じていた。


「お前がその気持ちを恋愛感情と結びつけるとしたなら、藤城の一人の時間は限りなく0に近くなってしまうと思うが…それでもいいのか?」
「…何故です?」
「今まで以上に俺がお前に話しかけに行くことになるだろうからな」


考え込む素振りを見せる藤城。だがすぐに一度首を縦に振った。「鬼道くんなら構いません」という言葉と共に。俺は柄にもなく高鳴る胸を抑えながらそっと手を伸ばし触れたことのないその頬に触れた。驚いたように小さく震えた藤城は、きょとんとした表情で俺を見上げる。


「鬼道、くん…?」
「嫌か?触れられるのは」
「…いえ、慣れていないものですから…驚いただけです」


普段他人との接触を最小限に抑えてきた彼女はこうして触れられることもなかったんだろう。そう思いながら俺は少し考えて片手をゴーグルに添える。「あ、」と藤城の驚いたような声が聞こえた所でぐいっとゴーグルを下に擦り下げた。先程と違い随分クリアになった視界で藤城を直視することができず、さり気なく視線を外す。


「…ゴーグルを外して欲しかったんだろう」
「え…あ、はい。ありがとう…ございます」


目を瞬かせながらじいっと見つめられると居た堪れなくなる。しかし目を逸らすだけでは意味がないと意を決して藤城へと視線を戻した。小さく藤城の名前を呼ぶと急に感じた温かい風。俺だってこんなことは初めてなんだ、お前が思う程経験豊富なわけじゃない。


「鬼道くんの目はとても綺麗なんですね」
「…今まであまりいいように言われたことはないが」
「私は好きです、鬼道くんの目」


そう言う藤城は変わらず無表情だ。最初はこの無表情を崩してやろうと思っていただけだったというのに、何時の間にかこんなことになってしまっていた。自分でもどんな心境の変化があったのか分からない。ただの機械人間に感情を抱いてしまった自分が分からない。けれど、多分そんな俺も機械人間なんだろう。ある意味では。


「気付けばお前のことを考えていた。藤城のことが頭から離れなくて、どうしてだろうかとずっと悩んでいた」


ゴーグル越しではなく、何の障害もないままに藤城を見つめた。彼女は無表情、けれどほんの少しだけ、些細な変化ではあるものの驚いたような表情が混じっているのは気のせいだろうか。


「こういうのを恋愛感情と呼ぶんだと思うが」
「…そうなんですか」


教えてくださりありがとうございます。そう言う藤城から目が離せなくなった。その頬は夕日に照らされている所為か否か赤く染まり、口角が少し持ち上げられ、緩んだ表情で頬に触れたままの俺の手に小さな手を重ねる。


「よかったです」
「何がだ」
「鬼道くんも、私と同じだったんですね」


そう言って微笑む藤城の表情は今まで見たどんなものよりも嬉しそうだった。俺も釣られて頬が緩んでいくのを感じながら、けれどそんな表情を見られるのも悔しく片手で藤城の目元を覆う。


「え、鬼道くん、」
「少し、黙っていろ」


大人しくなった藤城の薄らと開いた唇が目に入る。もう一度言うが俺はそう経験豊富なわけじゃない、言ってしまえばこういう経験は皆無だ。今まで興味も持たなかったし、自分がいつかこうする日がくるだなんて想像もつかなかった。けれど今は別だ、ただ本能に従うのみ。軽く息を吐き出して、俺は、そっと。






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