(少し行動に移してみた)
(それだけのことである)




本日の授業も全て終わり後は帰るだけ。教科書を鞄に詰め込みながら教室内から生徒が少しずつ減っていく様子を見ていた。さて、私も帰ろう。西日が差し込む教室の中小さく欠伸をして椅子から立ち上がる。と、私の前に黒い影が出来た。何事かと顔をあげると、そこに居たのは案の定青いゴーグルの男で。


「少し時間あるか?」


唐突にそんなことを言われたから私は呆然とするだけである。暫く目の前の男、鬼道有人をじいっと見てから「はい」とだけ答えを返した。机の上に置いていた鞄を肩に掛ける。


「行きたいところがあるんだ」
「…私も一緒じゃなきゃいけないところですか」
「いや、お前も気に入るだろうと思ってな。無理強いはしないが」


一体何処だろうかと思うけれど別に嫌なわけじゃない。少し考えてから一つ小さな疑問が浮かぶ。私は帰宅部だけれど、そういえば鬼道有人は。


「…部活はいいんですか」
「今日は休みらしい」
「そうですか。でしたら是非」


心配無用だったみたいだ。こくんと一度首を縦に振ると鬼道有人は私の横を通り廊下へ向かう。私もその後を付いて行こうと足を向けた。何処に行くのかは、付いてからのお楽しみということらしい。












「此処だ」


お互いに何も話さず歩くこと数分、そう遠くない道のりだった。鬼道有人が口を開いたと同時に顔を上げた先にあったのは稲妻町のシンボルである鉄塔の下。私には縁のないところだが、確か此処は鉄塔広場と呼ばれていたような気がする。どうして鬼道有人は私を此処に連れてきたんだろう。そう思いながら先を行く彼に遅れをとらないよう足を動かした。階段を上った先、私の眼に映ったのは言葉じゃ言い表せないほど美しい風景。


「…すごい」


西日が稲妻町全体をオレンジに染め上げているのが見渡せるこの場所は正に絶景だった。感嘆の溜息を吐いて、私は鞄の中から相棒こと一眼レフカメラを取り出す。今までは学校を中心として写真を撮ってばかりだったからか、この風景はとても新鮮だった。


「気に入ったか」
「はい、とても」
「俺もサッカー部の奴に教えてもらったんだ」


今日は来てないみたいだが。そう言いながら広場を見渡す鬼道有人に釣られるようにして私も見渡した。辺りに人は誰もいない。木に縛られたタイヤが少しだけ風に揺れているけれど、あのタイヤの用途は私には分からなかった。そのタイヤの近くにあるベンチに鞄を置いてもう一度辺りを見渡す。


「どうして連れてきてくれたんですか」
「お前がいつも空を撮っていたからだ」
「…鬼道くんは優しいんですね」


ふと隣を見ると鬼道有人が少し驚いたような表情を浮かべていた(何時の間にかゴーグル越しでもなんとなく表情が読み取れるようになっていた)。どうしたのかと問えば少し歯切れが悪そうな答えが返ってくる。


「まさか藤城にそう言われるとは思ってなかった」
「…これでも普段から思っているんですが」
「意外だ」
「変なところで失礼ですね」


少しむっとして返事を返すとくすくすと笑う声が耳に届く。声に出して彼が笑う様子はあまり見たことがなかったこともあり、とても新鮮だった。


「此処に連れてきたのはもう一つ理由がある」
「なんですか」
「聞きたいことがあってな」


じゃり、と鬼道有人の靴底が砂を踏みしめる音が響いた。夕日に照らされた私たちも稲妻町と同じようにオレンジ色に染まっていて鬼道有人の半身に影を作っている。


「どうぞ」
「前に俺のことを全て知りたいと言っていたのを覚えているか」
「…はい」
「理由を聞きそびれていた」


理由。そう言われてすぐに答えることが出来なかった。無理矢理理由にするとするならば『知りたいと思ったから』だ。けれど本当はそうじゃない。ちゃんとした理由がある。ただそれを口にしてしまっていいのかどうかが躊躇われるところであって。


「知りたいと思ったから、というのが理由では…」
「もう少し具体的に」
「…」


そう言われると悩んでしまう。小さく唸り考え込みながら地面へと視線を落とす。恋愛というものを実際に自分がしていると知ってから周りの見方が少し変わってきたような気がする。鬼道有人のことを全て知りたいと思うようになったのも、確かその辺りから。はっきりとした答えを今此処で言ってしまってもいいのかもしれない。けれど私は聞きたかった。私の考えと鬼道有人の考えは果たして同じものなのかどうか。少し考える素振りを見せてから私は改めて鬼道有人と向き合うように足を向ける。「鬼道くん」と小さく名前を呼んだけれど、彼から返事はなかった。


「突然ですが、私も聞きたいことがあるんです。正確には教えて欲しいことが」
「お前にも分からないようなことなのか」
「そうですね、私だからこそ分からないのかもしれません」


ゴーグルの下の見えない瞳を見つめる。それから私は、夕日に照らされながら口を開いた。


「恋愛って一体何なんでしょう?」







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