(彼の優しさに触れた)
(と、思っていたんだけれど)





雨の日から数日しても、やっぱり鬼道有人は屋上に来ていた。あっさりと彼女がいないと宣言したというのに私の目の前でそれを嘘にした張本人は、今日も悠々と購買のパンを美味しそうに食べている。嘘をついた罪悪感などはないんだろうか、いや、私に対して罪悪感を抱く必要なんかないわけだから、それはそれでおかしいか。一人で色々考え込んでいると、隣からあの低い声が聞こえてきた。


「何か考え事か?」
「いいえ、なんでもありません」
「さっきから普段以上に難しそうな顔をしているぞ」
「さり気なく失礼ですね、鬼道くん」
「気のせいだ」


そんなことを言う間にも鬼道有人はパンを食べ終わってしまっていて、対する私はまだお弁当の半分も食べ終わっていない。腕につけた時計を見てそうのんびりしている時間もないことを悟ると少し食べるペースを速めた。自分が食べ終わっても鬼道有人は私が終わるまで待っていてくれる。どうしてそんなことをするんだろうとか、そんなこと私には分からなかった。何より私の頭を支配していることと言えば、先日のあの音無春奈という可愛い一年生のことだ。どうしてわざわざ彼女がいないだなんて言ったのだろうか。最後の一口を食べ終えて、私は思い切って口を開いた。


「鬼道くん」
「なんだ」
「言いたいことがあるのですが」
「珍しいな」


続きこそ言わないものの彼は態度でどうぞと続きを促してきた。お弁当を巾着袋にしまいながら、視線は落としたままで本題へと切り出す。


「鬼道くんが優しいことはよく分かりました」
「…なに?」
「ですからもう彼女さんのところに行って結構ですよ。何ならこの前のプリンのお礼に一週間くらいでしたら屋上をお貸しします。私のではありませんが」


私の出した結論は、鬼道有人は本当はこの屋上で彼女とお昼を過ごしたいんじゃないかということだ。だからと言って毎日空けるというのは気に喰わないけれど、この前プリンも貰ったし、彼女…音無春奈には雨の日に傘まで貸してもらった。その借りは返すべきだと思った。巾着袋の紐を縛って私はいいことを言ったんだと思いながら顔を上げた。すると其処にはぽかんとした表情の鬼道有人。


「…お前、何を勘違いしているんだ」
「はい?」
「彼女なんてものいないと以前はっきり言っただろう」
「いえ、でもいらっしゃったじゃないですか」
「誰のことを言っている?」
「それは、」


其処まで言うとだだだっと言う音が屋上の扉の方から聞こえてきて、思い金属の扉がぎぎぎっと軋む音がした。鬼道有人と私が二人で同時にそちらへ視線を向けると、そこには先日の女の子、音無春奈が立っていた。


「あっ、いたいた。藤城先輩、お兄ちゃーん!」


また眩しいほどの笑顔を浮かべながら此方へ手を振って歩いてくる音無春奈。私を先輩と呼ぶなんて物好きだなと思う反面、ちょっとした違和感を覚えた。彼女は今、私と誰を呼んだのか。


「どうした、春奈」
「前にも言ったでしょ?私も藤城先輩と話したいんだって」
「…あの、」


未だ整理できていない頭のまま口を挟む。すると音無春奈と鬼道有人がじっと私を見た。私は二人を交互に見て、今まで思っていたことを声に出す。


「…音無春奈さんは、鬼道くんの彼女、なのでは」
「は?」
「私がお兄ちゃんの彼女?」


すると二人は顔を見合わせて、鬼道有人は何とも言えない表情をして、音無春奈はけたけたと楽しそうに笑い始めた。一人だけ状況についていけなくなり何も言えない私を鬼道有人が横目で見てくる。一体何がどうなっているんだ。


「…春奈は妹だ」
「え」
「ふふっ、藤城先輩ってば、面白い人ですねー」


妹。ああ、だからあんなに親しそうだったのか。彼女じゃないと判明した今私の頭の中で全てが納得のいく結果となった。でもそれだと一つだけおかしな点がある。


「でも苗字が…」
「あ、私たち、血は繋がってるんですけど…色々あって、今は別の親に引き取られてて。だから苗字は違うんですよ」
「まさか春奈のことを彼女と思っていたとはな」
「お兄ちゃん、藤城先輩に私のこと言ってなかったの?」
「言って…なかったか?」


一言も聞いてない。黙って一度頷くとそうか、とだけ返ってきた。なんだ、私が気を遣ったのが馬鹿みたいじゃないか。なんだ、妹か。そう思いながら小さく溜息を吐くと屋上に響くのは昼休みが終わる五分前のチャイム。もう行かなくてはと思い立ち上がったところで気がついた。


「あ、音無春奈さん」
「はい?」
「この前の折り畳み傘です。助かりました、ありがとうございました」


返し損ねていた折り畳み傘(いつでも返せるようにと持ち歩いていた)を音無春奈へと差し出すと彼女はまた可愛らしい笑顔でそれを受け取った。そして既に先を歩いている鬼道有人の背を指差して今度は悪戯っぽく言ってくる。


「ああ見えてお兄ちゃん、かなり不器用なんです。だから藤城先輩、お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「…はあ」


一体何を私によろしくしろと言うのか。全くもって分からないが、彼女がにっこり笑うものだから思わず頷き返すしかなかった。それにしても似てない兄妹だなと思いながら何故か上機嫌な音無春奈の隣を歩いて校舎へと戻る。
どうしたことか、私の心は今日昼休みを迎えるより、ずっと軽くなっていた。鬼道有人の彼女に対して気を遣わなくてよくなったからだろうか。分からなかった。

分かったのは音無春奈という一年生が、鬼道有人の全然似ていない妹だったという事実。








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