昨日、一郎太を外に連れ出したのは正解だったようだ。
一日中思いつめたような表情をして溜息をつく一郎太にどうしたものかと考えた結果、外に連れていこうということになった。ストリートライブはそのついで、というか。勿論彼に聞いてもらいたかったっていうのもあるんだけど。
今朝起きると、ここ2日間とはまた違う笑みでおはようと告げられた。きっと、これが彼の本当の顔なのだろう。


「ゆい、」
「はい?」
「そういえばお前、学校は行かなくていいのか?」


一郎太はあたしのギターに触りながら問い掛けてきた(昨日のライブを見てから、ギターに興味を持ったようだ。なんか嬉しい)。いつかはされると思ってたけど、いざ聞かれると言い難いなあ。


「あー、いいの。あたし結構サボり癖あるんだよね、だから行く方が珍しいっていうか」
「でも高校、なんだろ?単位とかあるんじゃないのか?」
「それはなんとか足りる程度に行ってるから、大丈夫」
「…いいのかよ、それで」
「進級できて、あわよくば卒業できればいいってレベルだからいいの。学校、面倒だし」


そういう彼は真面目な方なのだろうか、まだあたしに何か言いたげな表情を浮かべていたけれど、暫くして息を吐くとそれ以上は何も言わなくなった。よかった、と思っていると「じゃあ」とまた声を掛けられる。


「俺、外に行きたいんだけど」
「ああ、うん、いいよ。何処か行きたいとこあるの?」
「…公園とか。ボール蹴れるとこに行きたい」
「ボール蹴れるとこ…」
「昨日好きなことするのがいいって言ってたろ?俺、サッカー好きだから」


そう言う一郎太の表情は何処となく輝いていて、見ているこっちも思わず笑顔になるような感じ。あたしの言葉を受け取ってくれたんだと思うと嬉しくなった。それで一郎太が元気になったなら、尚更。


「わかった、じゃあお昼から出掛けよっか」


あ、でも先にサッカーボール買いに行かなきゃね。











昼食後、一郎太と二人で家を出てから初日に行ったデパートでサッカーボールを買った。ちゃんとしたものじゃないけど、遊ぶだけだからそれで構わないそうだ。その後近くの公園へ向かう。木曜日の午後、まだ学校が終わる時間じゃなかったからか、あたしたちしかいなかった。遊具のない広場の真ん中で一郎太は立ち止まると、軽々とリフティングを始めた。


「へー、上手いね、一郎太」
「一応サッカー部だからな。フットボールフロンティアで優勝したチームの一員でもあるし」
「…フットボール、フロンティア」


あたしがスポーツに興味がないことが理由なのか、聞いたことのない大会名だった。軽く首を傾げると反応が無いことに気付いた一郎太はリフティングを続けながら続ける。


「中学サッカーで日本一を決める大会。俺の所属してる雷門中サッカー部は、それで優勝したんだ」
「え、日本一って…すごいじゃん、一郎太!そんなすごい人だったの?」
「まぁ、“俺の世界”の話だけど」


たん、と浮いていたボールが地面につく。それを足で止めた一郎太は、とても真剣な表情を浮かべていた。【俺の世界】という言葉がやけに耳に引っかかる。


「…どういうこと?」


今まではあえて何も聞かなかった。でも、今真剣な表情を浮かべた彼はよく考えて話そうと決心してくれたのだろう。それなら、ちゃんと聞きたい。彼のことを。


「…調べたんだ、雷門中のこと、フットボールフロンティアのこと、俺の知ってること全部。そしたら、」


全部、存在してなかった。


「え?」
「雷門中なんて学校、存在しなかった。フットボールフロンティアも、初日に言った宇宙人のことも何もかも、此処にはない」
「…ごめん、あの、あたしあんまり難しいこと、わからないんだけど」


ダメだ、頭が混乱してきた。つまり一郎太の学校はなくて、その大会とかいうのもなくて…つまり?


「信じられないような話だけど、俺、この世界の住人じゃないみたいなんだ」


小説やドラマ、映画やアニメ、そんな中だけの話だと思ってたことが今一郎太の口から発せられる。勿論信じがたい、が、深刻な表情の一郎太がそんな冗談を口にするはずもない。きっとこれは、本当のことなんだ。まだ頭の中が上手く整理できてなくて何も言えない私に、一郎太は小さく苦笑を零した。


「…馬鹿みたいな話だけどな、でもそうじゃなきゃ話が上手くいかないんだ。」
「じ、じゃあ一郎太、帰る方法、わからないって…こと?」
「そうだな、わからない」
「わからない、って…」


随分とあっさり言い切るものだ。普通はもっと焦るものじゃない?でもこの時の一郎太は柔らかい表情でまたリフティングを始めていた。


「昨日はそれでかなり落ち込んでたし、考えるのもつらかったけど…もう大丈夫だしな。それに…」
「っう、わ!」


一郎太の言葉を聞いている途中、不意に彼が蹴り上げたサッカーボールがあたしの方へ飛んでくる。慌てて両手で受け止めると、顔をあげた先には笑顔の一郎太がいた。
とくん、と胸の奥で何かが鳴る音。あれ、これ、確か前にも一度。


「ゆいがいるから、あんまり不安じゃない」


とくん、


「え、あ、」
「こっちにボール蹴って。一緒にサッカーやろうぜ、ゆい」


頬が熱く、言葉が出ない。自分で自分が分からなくなって、私は手元のサッカーボールを見つめた。心臓が早鐘を打ってる。少し離れた先にいる一郎太にも聞こえるんじゃないかってくらい、早く大きく。
――何、これ。
とにかく気付かれたくなくて、普段全く運動しないとかサッカーなんて授業でちょっとやったくらいだとか、そういうのを全部忘れて地面にボールを置く。


「…いくよ、一郎太!」


それから力いっぱい一郎太に向かってボールを蹴り出す。まだ名前をつけるには幼すぎる気持ちをぶつけるように、力強く。


全てが恋しい木曜日


(この気持ちが何かなんて、とっくに答えは出ていたのにね)



***
サッカーボールって高そう。


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