私、藤城ゆいのベッドの上に唐突に彼、風丸一郎太が現れたのはもう昨日のこととなっていた。あの後簡単に晩御飯を食べた後、一郎太は疲れていたようですぐに眠ってしまった(お風呂に入れてあげる前だったけど、随分疲れてたみたいだし、ソファの上で寝てたし、上からブランケット掛けといた)。その日は同じくあたしも疲れていたので、彼の経緯を特に深く考えずにその日は布団に潜ったのである。勿論、先程彼が現れたベッドで。

翌朝、目が覚めると、ソファにはまだ一郎太が眠っていた。適当に顔を洗って、服を着替えて、早速朝食の準備に取り掛かろうとする。と、普段の通り一人分の材料を取り出してから「ああ、今日は二人分だ」ともう一度冷蔵庫を開けた。今まで誰かに料理を食べさせることなどほぼ皆無な上、食べさせたいと思うこともないので一人分以上を作る機会は滅多になかった。というわけで今日は失敗できないなんてことを考えつつ、手を進める。今朝はトーストとベーコンエッグとサラダだ。
手馴れているものだった為か簡単に準備を終えもう出来上がる、といったところで不意に背後から声を掛けられた。


「…ゆい?」
「あ、おはよ、一郎太。洗面所、そこ右に曲がったとこにあるよ」
「ん…ありがとう」


寝起きでまだ頭がはっきりしていないのか、欠伸をしながら目を擦る彼の様子は、男の子には禁句なのかもしれないが可愛くて(容姿のこともあるんだろうな)。少し乱れた髪に小さく笑うと洗面所を指差した。ふらふらとそちらへ向かう彼の背中をちらりと見てから私は出来上がった朝食を皿に盛り付けテーブルへと置いた。先に椅子に座ってテーブルの横に掛けてあるカレンダーに目を移す。今日は火曜日、か。そんなことを考えてるうちに一郎太が戻ってきた。少し申し訳無さそうな表情を浮かべて、あたしを見る。


「あ…すまん、準備、手伝わなくて」
「いいって、いつもやってることだから。さ、早く食べよ」


未だ少し戸惑う表情を浮かべる彼に座るように言って、あたしは両手を合わせた。「いただきます」、二人の声が静かな部屋に響く。


「…美味い」
「本当?よかった、口に合うようで」
「いつも一人で全部やってるのか?」
「まあ一人暮らしだから、誰もやってくれないしね。身の回りのことは、それなりに」
「すごいな」


そんな他愛ない話をしながら、私はふと足りないものを思い出す。珍しく彼がいて部屋が静かではなかったからだろうか、手の届くところにあったリモコンに手を伸ばした。


「あー、行儀悪いかもだけど、テレビつけていい?」
「ああ、別に気にしないから」
「どーも」


断りを入れてから電源を入れる。あたしは毎朝テレビで占いを見るのを日課としている。特にこれといって重要視しているわけじゃないけど、いい結果だった時は、信じるようにしてる。占いの前のニュースをぼんやり見てふと目の前の一郎太に視線を向けると、彼は訝しげな表情を浮かべてテレビを睨みつけていた。


「…どしたの、怖い顔して」
「え、あ…いや、俺の知らない話ばかりだな、と」


テレビに出てる人も、誰も知らない。
そう小さく呟いた一言に、またも驚かされた。今見ている番組の出演者や内容はそうマイナーなものじゃなく、むしろよく知られているものばかりだというのに。あえて其処に触れるのもどうかと、あたしは何も言わずにまたテレビへと視線を戻した。ようやく始まった占いを見て、一言。


「お、よっしゃ、今日1位じゃん」











その後二人で食器を片付け、今日は何をしようかと考え始める。まず一郎太に着替えを用意しようと、あたしはとあるクローゼットの前に彼を呼んだ。其処を開くと女の子の部屋に似つかわしくない、男物の服がたくさん。
首を傾げる彼を見てからクローゼットの中を漁り始めた。


「…もしかして彼氏と同居してる、とか?」
「ぶっ…そんな面影ありますか、この家」


恐る恐るといった様子で聞いてくるものだから、思わず噴き出してしまった。勘違いされては困ると緩く頭を左右に振る。


「全部あたしのだよ。一郎太とサイズ、そんなに変わらないと思うし…男物だから、大丈夫でしょ」
「…」


あ、女の子とサイズが変わらないっていうのはあまりいい気がしないのだろうか。少し複雑な表情を浮かべる風丸に「あ、ごめん」と小さく謝ってから、適当なものを引っ張り出す。


「あたし、たまに夜、ストリートライブやってるんだよね」
「…ストリートライブ?」


服を手渡してクローゼットを閉める。彼には聞きなれない言葉だったのか首を傾げた。


「うん、ギターを外で弾いて、通りすがりの人に聞いてもらうの。大体それ、夜にやるからさ。可愛い格好とかでやると、色々不便なんだよね」


変なのに絡まれたりとか。
だから男の子の格好して弾いてるの、言い終わると部屋の隅に置いてあるギターケースを指差した。数年前から使ってるアコースティックギターのケースは少し傷がついていて、あたしの大切な宝物だ。
ストリートライブの話もそこそこに、「で、」とあたしは少し真剣な表情を浮かべて一郎太を振り返った。そうだ、此処からが一番、大切な話。


「ねえ一郎太、」
「な、なんだ?」
「…下着、どうしようか」
「ぶっ」


盛大に噴き出した一郎太。何故噴き出す!大切な話だろ!
その顔が徐々に赤く染まるのを見る限り、どうやら照れているようだ(え、違う?)。


「いや、これも別にあたしの使ってもいいけど…」
「つ、つかっ…使うわけないだろ!」
「あ、そう?他のはあるし…仕方ないもんね、下着だけ買いにいくか」


そう言うとこれでもかというくらいぶんぶんと首を縦に振られた。可愛いな、まるで弄り甲斐のある弟ができたみたいだ、なんて頭の隅で考えつつ。
調度いいことにうちのすぐ近くには小さなデパートがあった。其処なら何でも揃うだろう、と此処に住むのを決めたきっかけの一つでもある。


「じゃ、買ってくるから」
「え?ゆいが行く、のか…?」
「勿論。だって一郎太、この辺わからないでしょ?はぐれても困るし」
「それは、そうだけど…」


頬を染めたまま「あの、その、」と言葉を濁す様子から明らかに照れていることが分かるけれど、だからと言ってわざわざ危険を冒す必要もない。あたしはにっこりと笑みを浮かべた。


「お留守番よろしくね、一郎太」













なんだかんだで頑張って考えられた言い訳を全て却下するのに時間が掛かり、起きたのがそう早くなかったこともあってか気付けば昼を過ぎていた。なかなか折れない彼にとりあえず簡単な昼食を用意し、これ以上は何も聞かないときっぱり言い捨てると何か言いたそうな一郎太に背を向けあたしはさっさとデパートへと向かった。家で待っている彼のことを考えると他のものを見る気になれず、目的のものを探す。そういえばどんな柄がいいとか、そういうの聞いてなかったけど…まあいいか。適当に無難なものを2,3枚選んでレジで会計を済ます(「プレゼント用ですか?」って聞かれて自宅用ですって答えたらちょっと変な顔をされた)。

少し早足で帰路につき、扉を開ける。ついでに食材も買ってきたし、今日は買い物に行く必要はないなと思いながら部屋に入った。


「一郎太、ただいまー」


ちゃんと買ってきてあげたよ、と声を掛ける。が、その言葉に返事はなかった。
まさかあたしの後を追って部屋を出たとかそんなことないよな…、と嫌なことを考えながらテーブルに荷物を置き、辺りを見渡す。
その時、静かな部屋の中に響く小さな寝息。ソファの方を振り返ると、其処には今朝と違い座ったまま眠りに落ちている一郎太の姿があった。


「…よく寝る子だなー…」


ほっと息をついて荷物もそのままにあたしは彼の横の空いているスペースに腰掛けた。
そういえば中学二年生ということは14歳かな。若いな、と自分と二つしか変わらない男の子の寝顔をそのままじっと観察してみる。
かなり珍しい空色の長い髪は上の方で一つに纏められ、左目を隠すようにして前髪が垂れている。それだけでも男の子だとは判別しにくいけれど、その顔立ちは整っていて睫毛も長くて、それが更に中性的に思わせる原因なんじゃないかとぼんやり考えた。


「なんか…あたしまで、眠くなってきた…」


ふわぁ、と大きな欠伸を一つして、あたしは眠っている一郎太の肩にそっと寄りかかる。年下だけどちゃんと男の子の身体なんだな、とぼんやり脳裏で考えると少し意識したこともあってか、自分の心音がいつもよりも早くなっているのを感じた。

火曜日の昼下がり、あたしはそのまま、睡魔に身を委ねる。





太陽に抱かれて眠る火曜日




「っ、ゆい…!?」


急な睡魔に襲われてから目を覚ますと、すぐ隣には自分に留守番を任せた彼女。しかも俺の肩に頭を預けて眠っている。この状況を理解できず、慌てて目を泳がせた。テーブルの上にあった荷物を目にして、何時の間に帰ってきたんだろうと考える。そして買い物の内容を思い出して、また頬が熱くなるのを感じた。肩に寄りかかるゆいの顔をそっと覗き込む。まだ起きる気配は、ない。
その肩を支えて、ソファから下りる。空いたスペースにゆいを起こさないようにそっと横にしてやった。座っているよりはよく眠れるはずだ。


「…風呂、借りる…ぞ」


眠ったままのゆいにそう呟いて、気恥ずかしさを抑えながらテーブルの上の荷物から下着を手にして慌てて風呂場へと向かった。
彼女が起きたら、ちゃんとありがとうって言わないとな。


***
長くてぐだぐだ…。風丸、難しい。



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