※星になったプロポーズ 番外編
※7話後、8話前






北海道へ向かう途中のこと。メンバー内では監督への不信感が高まり(特に染岡の)、ぎこちない空気が場を包み込む。俺はどちらとも言えなかった。監督の考えが読めなかったからだ。
そのまま北海道へ向かう途中、各々で自主練習をすることになった。俺は土門に声を掛けて一緒にしようと言う。が、そこで土門は何故かなまえに声を掛けた。


「なあ、なまえも付き合わない?上手かっただろ、サッカー」
「え、私?邪魔にならないかな」
「なるわけないって。そうだろ、一之瀬」
「…ああ、うん」


どうして俺が悩んでいる時に限ってゆいを誘うんだと伝わるはずのない小言を一人心の中で零す。ただ傍にいるだけでなまえのことを考えてしまうのに、果たして練習中に近くに居られて(しかも俺を見られて)集中できるだろうか。…いや、否だとしても集中するしかない。曖昧に返事をしつつそう決意して、二人にばれないように一番後ろで息を吐いた。

案の定練習に集中できず、なまえに横から「動きが悪い」とか「もっとちゃんと」とか言われる始末。誰のせいだと言えるはずもなく俺がむっとした表情を浮かべるのを見てか否か、土門がにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。















「温泉かぁ…」
「やっぱりアメリカにはないのか?」
「まあね。基本シャワーだし」


自主練習後、監督に近くに温泉があると教えてもらった俺たちは其処で汗を流すことにした(着替えてる途中で塔子が入ってきたことは、本当に驚いたけど)。水着を着用して男女一緒に入ることになり、俺は縁に座る風丸と適当に言葉を交わしていた。
ゆっくり辺りを見渡してみる。みんなさっきまでの疑いや疲れを含んだ表情ではなく、気持ち良さそうに各々楽しんでいるようだ。よかった、そう思うと同時、一人足りないことに気付く。


「…みょうじは?」
「そういえば…いない、な」


俺の言葉に続いて風丸も辺りを見渡す。それでもなまえは見当たらなかった。少し気になった俺は「探してくる」と一言告げて温泉から上がる。風丸はそんなに気にすることもないだろと声を掛けてきたけれど、俺にとってはその人物がなまえであるということだけで十分理由になった。気になるに決まってる。
近くに置いていたタオルで適当に髪を拭きながら火照った身体を冷ますようにパタパタと手のひらで扇ぐ。温泉から少し歩いたところにある脱衣所まで来ると、そのまま和式の扉をガラガラと横に引いた。と、そこに一人立っていたのは俺が探していた人物で。振り返った彼女と目が合う。


「…」
「…」
「…っあ!ご、ごめん!」


暫く呆然とした後、自分がしたことを理解した。まさか今から着替えようとしていたなんて!別に覗くつもりがあったわけじゃないんだと慌てて弁解しようとしたものの頬から熱が引くことはなかった。いや、ここは言い訳を考えるより先にこの場から立ち去るべきだ。探しに来ただなんてのはただの言い訳になってしまうだろうと咄嗟に考えて俺はなまえに背を向ける。途端背後からくすくすという笑い声が。


「…な、なに…?」
「っ…一之瀬くん、慌てすぎ」
「そりゃあ…慌てるって」
「私、着替えてたわけじゃないよ」


着替えようともしてないし。そう言われて恐る恐る振り返りもう一度なまえの格好を確認する。確かに彼女の服は乱れてなかったし、タオルこそ持っているものの今から入ろうという気配はない。それを不思議に思って、思わず首を傾げた。


「…みょうじは入らなくていいの?温泉」
「あー…わ、私は…えっと…」


途端頬を染めて目を泳がせるなまえ。少し言いづらそうにする様子が気になって、俺はタオルを頭から取って片手に握りながら近づいた。ぽたりと拭き取りきれなかった水滴が床に落ちる。


「…もしかして怪我してるから入れないとか?」
「えっ」
「何処?大丈夫?」


怪我だったら一大事だとなまえの肩に触れて、顔をじっと覗き込んだ。見たところ顔に怪我はないみたいだ。だとしたら身体の方だろうか、俺はそのまま手を下に滑らせようとした。けれどできなかった。なまえが両手で俺の動きを封じたからだ。


「い、一之瀬、くんっ」
「ん?」
「私、怪我してるわけじゃないんだけど…」
「え、じゃあなんで、」
「み、水…着」
「…うん」
「水着!…み、見られるのが、嫌なだけ」


我ながら間の抜けた表情を浮かべていると思う。言ってから恥ずかしそうに俺を見上げるなまえの表情を見て、俺は胸が高鳴るのを感じた。なまえが水着を着た姿なんて、昔でさえ見たことない。細身の彼女が着たらどんな感じなんだろうとぼんやり考えて、途中でその妄想を掻き消した。駄目だ、こんなこと考えるだけで頬が熱くなる!
一度意識してしまうとなかなか抜けないようで。ふとそこで俺はなまえに触れたままだということに気付いた。慌てて両手を離して一歩後退さる。


「…そう、なんだ」
「な、なんとなく恥ずかしくて…さ。だから後で一人で入るつもり」
「わかった、じゃあ俺、先に戻ってるから」


なるべく自分なりに平然を装うようにしながらなまえに背を向けた。と、不意に背後から「一之瀬くん」という声。一刻も早くこの場から逃げ出したい俺はその不意打ちに大袈裟に肩を震わせた。


「何か用があって戻ってきたんじゃないの?」


言い返す言葉が見つからなかった。実際の所、俺はなまえを探しに来ただけだ。けれどそれを本人に言えばどうして探しに来たのかということになる。友達だから、というのも何となく気が引ける。的確な理由は考え付かなかった。けれど逃げ出したい。結局何も浮かんでこず、適当な言葉を繋げることにした。


「あー…はは、なんでもないよ。それじゃ」
「え、ちょっと、」


なまえの声が完全に続く前に脱衣所を飛び出してぴしゃりと音を立てて扉を閉めた。そこから少し離れて大きく溜息を吐く。滅茶苦茶だったけど、なんとか逃げることができた。
頭のことが先刻のことでいっぱいになる。なまえの水着姿だとか、水着姿だとか、水着姿だとか…色々。頬に集まった熱は一向に引く気配を見せず、俺は手の甲で頬を抑えた。


「…なんでこれくらいで…」


動揺なんか。もう一度息を吐き出す。その理由が自分自身何処かで分かっていたからこそ、俺は情けない気持ちでいっぱいになったんだ。



記憶の君を追い求めて

(また俺は一人、虚しくなるだけ)



一之瀬くんが脱衣所から出て行ってから、一向に頬の熱が冷める気配がない。熱い、熱い。普段はユニフォームで隠された上半身だとか、温泉に入っていた為か上気した頬とか、水が滴る髪とか。それら全てが脳内で思い出されて、ドキドキして、私はその場に蹲る。


「な、なに、あれ…っ」


あんなの、想定外だ。ああ、一緒に入らなくてよかった。だって一緒に入ってたら、私の心臓がどうなるか分からなかったんだから。


***
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ゆうこさまへ

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