「ねえ、一之瀬くん」
「なに?なまえ」
「一之瀬くんは将来の夢って決まってる?」


名前を呼ばれ、そちらを向いた。俺の愛しの彼女、みょうじなまえは手にしたボールペンを指先で器用に弄びながら溜息を吐いている。俺じゃなくてじっと机を見つめているのが少し気にくわないけど、頬杖を突いて眉間に皺を寄せている様子がおかしくて、でもそれさえ愛しいと思った。


「うん、決まってるよ」
「え、本当?」
「俺の夢は、アメリカをサッカー大国にすること!」


その中心で自分がフィールドに立てていればいい。それが俺の夢だ。にっこり笑いながら自信満々に言うと、なまえは目を輝かせた。


「すごいね、一之瀬くん!そんな夢があるなんて」
「あはは、ありがとう。でもなんで急に?」
「えっと…実は…」


これなんだ、と目の前にひらりと一枚のプリントが差し出される。彼女の手からそれを受け取るとまた盛大な溜息が聞こえてきた。なまえの顔を一度見てから俺はそのプリントに書かれていることに目を通し、言葉にする。


「…将来の夢について?」
「そうそう、ほら、私って結構授業とかサボってるでしょ?だからその罰だって、先生が」


なまえはよく授業を抜ける。所謂サボリというやつだ。俺はちゃんと受けてるけど、ふと彼女の方を見れば席が空席だということもそれなりにある。普段は体調が悪いだの何だの理由をつけていたはずだけど…どうやらこの様子からして、それがバレたらしい。俺は思わず苦笑を零した。


「自業自得だろ」
「うるさいなー…反省文なんて書けませんって言ったら、これになっちゃったの」
「反省文の方が楽なのに」
「どっちもどっちだよ」


ああ、もう!そう言って机に突っ伏す彼女を尻目に俺はもう一度プリントに目を通す。作文用紙一枚以上、将来の夢についての作文を書け、だそうだ。


「一之瀬くんみたいに将来の夢が決まってたらすぐ書けるんだけど…」
「じゃあ俺の夢、書いとく?」
「…なんで私がアメリカをサッカー大国にしなきゃいけないんですか」
「あはは、女の子がそういうのも個性的でいいんじゃない?」
「よくない!それじゃふざけすぎだって言われて再提出になるだけだよ!」


むうっと頬を膨らませて俺を見るなまえの顔が可愛くて思わず頬を緩めた。机に突っ伏したままの彼女の頭を撫でてみる。さらさらで柔らかい髪だなあと思っていると、なまえが俺の腕と掴む。


「一緒に考えてよ、一之瀬くん」
「そんなの適当に書いとけばいいって」
「ケーキ屋さんとか?お花屋さんとか?…駄目だよ、なりたくないものについてなんて書けない」
「…なまえは難しいな…」
「悪かったな、難しくて」


おっと、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。俺の手を適当に払いのけるとなまえはまた俺からプリントを奪い取ってそれと睨めっこを再開した。「冗談だよ、なまえ」と声を掛けても曖昧な返事しか返ってこず、彼女が真剣に考え始めたんだと知る。少し黙っていたけれどそれもつまらないし、何よりなまえに構ってもらえないことが不満だ。折角俺と一緒にいるのに、どうしてそのプリントと見つめ合ってるんだよ。面白くないなあ。
…あ、そうだ。俺はいいことを思いつくと緩む口元を押さえようとし、なまえの持っていたプリントを無理矢理奪い取った。


「えっ、な、なに、一之瀬くん」
「俺が代わりに書いてあげるよ、なまえの将来の夢」


そのままなまえに笑いかけて、俺は彼女の手からボールペンをも奪い取った。きょとんとする彼女を尻目に俺はさらさらと迷いなく作文用紙に文字を書き込んでいく。書き終わってそれを目にすると、達成感と満足感が俺を満たした。満面の笑みを浮かべてプリントを持ち、なまえに向ける。


「はいっ」
「…『私の将来の夢は、一之瀬くんのお嫁さんになることです。』…って、な、なな、何これー!」
「いい夢だろ!」


今度はなまえが俺からプリントを奪い返し、真っ赤な顔をしてわなわなと震えだした。その頬が林檎みたいで可愛いなとか、きっと甘いんだろうな、食べたいなとか色々考えていると焦ったような声が耳に届く。


「し、しかもボールペンで書いてるし!消せないじゃん、これ!」
「ははっ、消す必要ないじゃん。これだって立派な将来の夢だし」
「わ、私ここからどうやって繋げて文を書けばいいんですか!」
「え、そんなの簡単だろ?『私は一之瀬一哉くんが大好きで、将来の夢と言われて思いつくのはまず彼と一生一緒にいるということです。だからお嫁さんとして…』」
「そんなこと書けるわけないでしょ!」


べしっとなまえがプリントを持っている手で俺の頭を叩く。それが案外痛くて、俺は片手で其処に触れながらむっとした表情を浮かべた。


「…じゃあなまえは一生俺と一緒に居たいとか、思ってくれないの?」
「え、ええっ…?」
「俺は思ってるよ。今だって、本当はなまえに俺だけを見ていて欲しいのに」


なまえが俺に構ってくれないから、少し悪戯しただけだ。だって結果的にこうすれば君は構ってくれるじゃないか。少し机に身を乗り出してなまえとの距離を詰めると、彼女は真っ赤だった顔を更に濃い色に染めた。


「なあ、どうなんだよ、なまえ」
「わ、私だって…その…これからも一之瀬くんとは、ずっと一緒に…」
「つまり、どういうこと?」


そう言ってくれても嬉しい、でも俺が今言って欲しい言葉はそれじゃない。にこにこ笑いかけながらなまえに続きを促す。一瞬言葉に詰まる様子を見せたけれど、彼女は俺から少し目を逸らしながらまた口を開いた。


「い、一之瀬くんと…結婚、したい…」
「うん、よくできました!」


俺は机越しになまえの肩に腕を伸ばすと、ぎゅうっと効果音がつくくらい強く抱きしめた。俺の腕の中で小さく唸る彼女も愛しい、そんなことを思いながらなまえの髪にキスを落とす。


「じゃあ、なまえの将来の夢は俺と結婚することだね」
「うう…っ、で、でもこんなの恥ずかしくて先生に出せないよ…」
「こういうのは出しとけばそれでいいんだって」
「…一之瀬くん、変なところで不真面目だね…」
「そういうなまえは変なところで真面目だよね」


少し腕の力を緩めて腕の中のなまえを見る。照れ臭そうな表情を浮かべた彼女は、やっぱり可愛かった。俺はそのまま彼女の前髪を少しかき上げて、今度は額にキスをする。擽ったそうに身を捩るなまえを逃がさないように、俺はもう一度彼女を強く抱きしめた。


「でもそういうところも大好きだよ、なまえ」
「…私も、一之瀬くんのことが大好き、です」


そう言って俺たちはお互いに顔を見合わせて、二人して照れ臭そうに笑いあった。



タイトル:愛しい人へ

(最終的に作文用紙はぐちゃぐちゃになっちゃって、新しいのをもう一枚貰いに行ったっていうのはまた別の話)


***
6666Hit Thanks!
ゆうこ様へ

091226

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