(これはまずいことになった)


心の声に釣られるようにして思わず表情を歪めた。普通にしようと思っても、俺はどうにも感情がそのまま表に出るらしい。止められはしなかった。
あれから確実なことが一つ。俺は、日に日に藤城ゆいに惹かれている。最初に逢った時はただ昔約束したから、大好きだったから今でも好きだと言う理由で好きだと告げた。もちろんだからといって生半可な気持ちじゃなかったし、彼女を好きということは事実。でも俺はゆいと話す度、ゆいに触れる度、一度は抑えたこの気持ちが溢れ出してきていることに気付いてしまった。どんどん彼女が好きになっていく。
だからと言って傷付けないと言った矢先だ、折角【友達】として和解できたゆいにまた好きだと言ったら、今度こそ修復不能になるかもしれない。また冷たい言葉で突き放されて、彼女が俺の隣で笑うことはなくなるんだろう。そう考えると俺にしては珍しく、そのまま行動に移すことができなかった。――怖い、ゆいがまた、俺に笑いかけてくれなくなることが。

だから、俺はその想いに無理矢理蓋をする。約束したんだ、もう傷付けないって。でも昔のことだけは思い出して欲しい。矛盾しているからこそ、以前は中途半端に伝えようとしてしまったんだろう。これは抑えきれない気持ちが溢れているということをそのまま表しているのだろうか、考えるのも億劫になって、ぶんぶんと頭を左右に振った。

そして今日も俺は何もないようにゆいに笑いかけるんだ。「藤城」って。














フットボールフロンティアで激戦を繰り広げた俺たち雷門中サッカー部は、神のアクアを飲んで身体を強化していた世宇子中になんとか勝利することができた。フットボールフロンティアで優勝、その時の気持ちはアメリカで味わったことのないほど嬉しく、喜ばしかった。
けれどその後、自らを宇宙人と名乗るやつらが現れた。雷門中を壊し、他にも様々な学校を破壊すると宣言している。俺と土門は西垣の所に行っていたけれど、その話を聞きつけてすぐさま現場へ向かった。でも、もう遅かった。
雷門中サッカー部は怪我をしたメンバーを除き、対宇宙人用チームとして新たにイナズマキャラバンを結成した。全国で仲間を集め戦おうということだ。俺はもちろんついていくと決めたけれど、不意にゆいはどうするんだろうと気になった。が、それもいらぬ心配だったようだ。ゆいもついていくと言い切った。マネージャーだから、と。

財前塔子という女の子がメンバーに加わり、豪炎寺がキャラバンを抜けた。出会いや別れを繰り返し、俺たちはまた新たな仲間を求め北海道に来ている。豪炎寺に変わるFW、吹雪士郎を探しにきたらしい。外とキャラバンの中の温度差が理由で曇る窓ガラスにそっと指で線を書いた。


「…さすがに北海道は寒いな」


誰に言うでもなくぽつりと言葉を零す。線の間から鮮明に外の雪景色が見え、それが一層寒いと思わせる。すると俺の隣に座っていた土門がゆっくり立ち上がった。


「どうしたんだ?」
「天下の魔術師さまが俺の隣は寒いとか言ってるんでね、温かい人と席を交代して差し上げようかと」
「は?」


口元で孤を描く長身の相手は、俺が今座っているからか立ち上がると尚のこと大きく感じる。意味深なことを告げて通路を歩き前へ進む土門。すると鬼道と塔子の席に話しかけに行った。少し声を潜めているらしく、がたがたと揺れるバスの音で此方には内容がよく聞こえない。何をしているんだろうと思いじっと見ていると塔子の横の頭がゆらゆらと動いて、すっと立ち上がった。…鬼道と塔子の隣には確かゆいが座っていた、はず。振り返るその顔を見て、それは確信に変わった。待て、待て待て待て土門!
通路を転ばないようにゆっくり歩いてくるゆいの背後で、土門はひらりと俺に手を振って塔子の横に腰掛けた。


「一之瀬くん」
「な、なに?」
「飛鳥が、少し酔いそうだから私と席変わって欲しいって」
「ああ…そう…」


明らかに笑顔だったんだけどなあ、あいつ。思わず引き攣りそうになる頬を無理矢理抑えて曖昧に返事を返す。ゆいは一言「隣座るね」と告げて俺の隣に腰掛けた。
俺が逢った当初よりゆいを好きになっていってると気付いたのはこの前の合宿の時だ。ゆいに「友達だから」とはっきり言われてしまい、以前よりもショックが大きかったのをよく覚えている。結局自分から開けた距離は、今まで一緒に過ごした時間では縮まることがなかったんだろう。はあ、と溜息を吐いた。
お互いに特に話すこともなく(いや、俺は話せなかっただけなんだけど)バスが揺れる音や他のメンバーの話し声が耳に届く。と、ゆいが口を開いた。


「寒いね」
「…うん、北海道ってこんなに寒いんだな」


今まで自分たちがいた稲妻町では考えられない量の雪が積もっていて、その白銀の世界がより一層寒く見せているのだろうと考えた。ゆいの方を見るのがなんだか気恥ずかしく思い外の景色へと顔を背ける。一筋書いた線はもう既に曇り始めていて、俺は左手でごしごしと窓ガラスを拭った。鮮明な雪景色が見えるのと同じく、手のひらが冷たい水で濡れた。


「あ、駄目だよ、一之瀬くん。しもやけになっちゃうよ」
「大丈夫だってこれくらい。こうしたら外、よく見えるだろ」


視線を窓の外にやったまま適当に左手を軽く払って水気を飛ばす。と、不意にその手が温かいものに包まれた。一瞬何かわからなくて、手へと視線を落とす。俺の手はゆいに取られ、優しくタオルの上から握られていた。


「え、藤城、」
「後がつらくなるんだから、ちゃんと拭いとかなきゃ」


タオル越しに伝わるゆいの手の温もり。少し力を加えられるとそれはより一層強く感じられる。とくん、とくんと心臓が早鐘を打ち始めるのが分かった。ああ、まただ。
そっと手元から視線をあげると俯いたまま薄らと微笑んでいるゆいの表情が目に入った。優しいところは昔から変わってないなとぼんやり思っていると、その様子が思い出の彼女と重なる。過去は「ゆい」で、今は「藤城」。知っているようで知らない彼女は別人とまではいかないにしても、過去のゆいとは違っていた。
自分の想いを押しとどめて、苦しいと思わなかったことなんてない。もしこのまま彼女を想い続けて、それでも振り向いてもらえなかったら?俺はずっと苦しみ続けるのだろうか。
そこまで考えると思わず胸が痛くなって、表情が歪みそうになる。がやがやと賑わうバスの中、俺は気付かれないようにそっと俯いた。


「…ありがとう」
「そんなの気にしなくていいよ。だって、」


だって。その続きが暫く紡がれず、不審に思って顔を上げる。ゆいは少し目を泳がせてから、小さくはにかんだ。


「私たち、友達じゃん」


今の俺には重苦しい言葉だった。今に始まったことではない、わかっている。…わかっている、けど。きっと今の俺の表情はとても歪んでいるんだろう。目の前のゆいの瞳が揺らぐのが見えた。包まれている左腕に少し力が篭る。


「え、私何か悪いこと言った…?」
「…ううん、大丈夫」
「そう?なら…いいけど。あ、それよりね、気になってることがあって。この前言いかけてた話の続きって、」


――ぱしっ、


一瞬のことだった。心臓が悲鳴をあげていて、彼女の声がよく聞こえない。…いや、聞きたくないのかもしれない。気付けば俺は左手を包むゆいの手を振り払っていた。乾いた音が耳に届いたけれど、各々話題に花を咲かせている他のメンバーに届くほど大きな音ではなかった。聞いていたのは俺と、ゆいだけ。ゆいも状況を把握できてないようで驚いた表情を浮かべている。
普段は自分でも思う程前向きな思考なはずなのにゆいのこととなるとどうしても後ろ向きに、ネガティブになる。どんどんそれに陥って、最終的には苦い気持ちだけが残るんだ。今の俺はまさにそんな状態で、でも自分でもその行動には驚いていて。少し唖然とした後、なんとか乾いた笑みを漏らした。


「…ごめん、ちょっと気分悪くて。はは…酔ったのかな」
「う…ん。大丈夫…?」
「大丈夫大丈夫!あ、でも…少し寝たいから、一人にしてもらいたいんだけど」
「わ、わかった…。ごめんね、隣に来ちゃって」


その言葉にはっとする。でも時既に遅し、ゆいは申し訳無さそうな表情で立ち上がるとまたふらふらと通路を歩いていって染岡に声を掛け、その隣に座った。自分から一人にして欲しいと言った癖に染岡の隣に座るゆいにもやもやとした気持ちを抱く。だったらどうしたいんだ自分は。まったくもって面倒な性格だと思った。突き放したのは自分なのに、嫉妬しているだなんて。
後ろからゆいを見ていると振り向いている土門と目が合った。どうしたんだとでも言うようにじっと俺を見ていたけれど、耐え切れなくて自分から逸らしてしまった。

ゆいに触れられた左手がまだ熱を持っている。どうして振り払ってしまったんだろう。そんなの、もうとっくに答えは出ている。


(これ以上好きになるのが怖いからだ)


最初から報われないのに、どうしてこれ以上苦しい思いをする必要があろうか。でも俺にはゆいを諦められることができない、不可能だ。だってもう、抜け出せないほど好きになっているんだから。
ゆいにまた「好き」と言ってもらうには、傷付けずに俺の気持ちを伝えるにはどうすればいい?それとももう言ってもらえないのか。


(それならもう…いっそのこと、)


暗く嫌な考えが胸の辺りを漂い、絡みつく。振り払おうにも振り払えないそれに俺は息を吐いた。


「気付けよ、…ゆい」


久しぶりに口にした彼女の下の名前は誰の耳にも届くことなく、静かに地面に落ちていった。


(話せば話すほど好きになる、触れれば触れるほど好きになる。気持ちに比例するように胸が苦しくなる。それでも俺は、)



君を好きなままで居たいんだ。


(なあ、どうすればいいか、教えてくれないか)


***
ずっと病み之瀬すぎる。太陽みたいな一之瀬にしたいのにな!





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