以前は少しずつ見るだけだった夢を、頻繁に見るようになった。決まって同じものというわけじゃなくて、様々な種類の夢。しかも完璧に覚えているわけじゃなく、曖昧に頭の片隅に残る程度。起きていつももやもやするのに、何故全部覚えたまま起きることができないんだろうと真剣に悩んでみたりする。それでも変わらなかった。曖昧な夢は、曖昧な夢のまま。ああでも一つだけはっきりしたことがある。


「ずっと待ってるんだよ?早く迎えにきてよ。ねえ、」


私は誰かを待っていた。とても大切な人、涙を流すほど求めている人。ただそれが誰かということはまだ靄に掛かったまま。ただの夢、されど夢。覚醒した私が曖昧に覚えているのは、何かを待っているということだけ。
それが私に何を伝えているかなんて分かりもしないまま、私は現実に引き戻される。














雷門中サッカー部のマネージャーになって、早くも数日が経とうしていた。その間にみんなは強くなって、フットボールフロンティアを少しずつ勝ち上がって行く。マネージャーとしての仕事もちゃんとこなしながら、私はみんなの成長に驚いていた。
私がマネージャーになろうと思ったきっかけは、一之瀬くんのあの一言。


「俺はサッカーを続けるよ!」


夕方の教室で、悲しそうな笑顔で言った言葉。サッカーをし続けようという約束を秋ちゃんたちと交わし日本へ帰ってから、私はサッカーと疎遠になってしまった。女の子だから男の子みたいな運動は駄目だ、学校の勉強についていけるようになりたいから部活にも入っちゃ駄目だ。親に言われたわけじゃない、ただ自分でそう決め付けていた。思えばおかしな話だ、自分で勝手にそんな決まりを作ってしまっていたのだから。…でも、そう考えると少し胸がもやもやする。何か違和感を感じる、ような。
でも彼の言葉に胸を打たれた。そうだ、私は秋ちゃんたちとの昔の約束を破っている。一之瀬くんに気付かされてどうするんだろう、と。考えた結果、マネージャーとしてサッカーに関わろうって決めた。このサッカー部はとても個性的な子ばかりで、みんな真面目で、真剣で、サッカーを楽しんでいる。それを見るのがとても楽しかった。

世宇子中との決勝戦を明後日に控え、合宿をすることになった。キャプテンこと円堂くんはあんまり気が進まないようだったけど、監督はすると言った。他のみんなは喜んでいたけれど、円堂くんの表情はやっぱり暗かった。

みんなでご飯を作ると言われ、勿論私も参加する。私に割り当てられた仕事はご飯を炊くことだった。勿論一人じゃない、でも、これは仕組まれたと思うような組み合わせだった。…私と、一之瀬くんだったからだ。
図書室の出来事以来、私は一之瀬くんに普通に接するようにしている。一方的に嫌な態度を取っていたのはどんな理由があれ私だし、そこまで一之瀬くんを嫌う必要もない。だからと言って初日に言われたように名前で呼ぶのも自分から言った矢先気恥ずかしく、結局“一之瀬くん”のままだ。
ご飯も人数分洗い終わって、今は火で炊いているところ。火をぱたぱたと団扇で扇いでいる一之瀬くんの姿がなんだかおかしくて、小さく笑い声を零してしまう。


「…え、なんで笑ってるの?…俺間違ってる?」
「あっ、いや、あってるよ、うん。あってる」
「ならいいんだけど…俺、こういうのやったことないんだよね。だからよく分からなくて」
「私もそんなにないよ。でもさっき秋ちゃんに聞いたとおりにやってるから、大丈夫だって」
「…秋なら大丈夫だよね」
「私の言うことだったら信用できなかった?」
「そ、そういうわけじゃなくて!」


慌てて私を見る一之瀬くんと目が合う。「冗談だよ」と言ってみせれば一瞬きょとんとして、すぐに大きな溜息を吐いた(「半田みたいだな、藤城」とか言われたんだけど、どういう意味だろう)。
火に視線を落としながら、ふと一之瀬くんに声を掛けた。


「一之瀬くんってさ、」
「ん?」
「秋ちゃんのこと好きだよね」
「…へ?」


ぽとり、と彼の手から団扇が地面に落ちた。どうしたんだろうとそれを拾って一之瀬くんに差し出す。けれど、一之瀬くんは呆然と私を見ていた。


「だ、誰か変な噂してたとか?俺が秋のこと好きって…」
「ううん、そーじゃなくて。ただすごく仲良いし、信頼しあってるみたいだし」
「俺と秋は友達だよ」
「…いいと思うよ、秋ちゃん。可愛いし、優しいし、頼りになるし」


私は秋ちゃんを思い浮かべながら視線を落として指折り数えていいところをあげていく。いくつかあげてから顔をあげると、一之瀬くんは複雑な表情を浮かべていた。恥ずかしいのかな、こういう話するのって。
最初は私を好きだとか言ってた一之瀬くん。だけど図書館でやっと友達になってから、純粋にいい人だと思うようになれた。秋ちゃんは私の大切なお友達、だからこそ一之瀬くんとならいいと思ったんだ。


「お似合いだよ、一之瀬くんと秋ちゃん」
「…藤城…」
「秋ちゃんもきっと幸せに、」


なれる。
そう続けようとした途端、私の手の中にあった団扇は一之瀬くんによって強引に奪われた。あまりに唐突で引っ手繰るような取り方に状況を理解できない私は、間抜けな顔で一之瀬くんと自分の手を交互に見る。俯いている一之瀬くんの表情は、此方からは窺えなかった。


「一之瀬、くん?」
「…もうやめよう、その話」
「え、でも、」
「秋が好きなのは俺じゃないよ、本人に聞いたから知ってる」


いつもと違い感情を含まないような言い方はまるで彼じゃないようで。どうしたんだろうと首を傾げていると、一之瀬くんは顔を上げた。その顔には笑顔が浮かんでいた。


「俺が好きな子も、秋じゃないんだ」
「そう…なの?」
「うん。…藤城はさ、俺がもし誰かに片想いをしてたら…応援、してくれる?」


すぐに元の一之瀬くんに戻ってしまい、また火をぱたぱたと団扇で扇ぎ始める。まるで独り言を言うようにさらりと言われた言葉に、何処か胸が痛くなるような感覚を覚えた。でも断る理由も…ない。応援してくれるかということは、多分もう最初のように私を好きだと言ってくることもないんだろう。そりゃああれだけ強く言えばもうからかってこないよね、と心の中で呟いてみた。少し目を泳がせてしまうけれど、私は「もちろん」と言葉を返す。


「一之瀬くんは友達だから、ちゃんと応援するよ」
「…」
「う、嘘じゃないよ!」
「…そっか。ありがとう、藤城」


藤城は優しいな。そう言う一之瀬くんはとても優しく笑って手を止めた。でも、私は分かってしまう。いつも笑顔の一之瀬くんだからだろうか、その表情が本当に嬉しそうなものには見えない。何も言葉が出てこなくなった。


「アメリカに、一人の男の子と女の子がいたんだ」

ご飯が入ったいくつかの鍋を火から退けながら、一之瀬くんが口を開く。唐突な話の流れに首を傾げる私を見てくすくす笑うと、言葉を続けた。


「二人は逢ってすぐに仲良くなった」
「それは…一之瀬くんの話?」
「…、違うよ。聞いた話」


少し間を置いて答えが返ってくる。話の意図がまだ掴めないままだったけれど、私は彼に続きを促した。


「でも、女の子は日本に帰ることになったんだ」
「…うん」
「男の子は女の子がすごく好きになっちゃってさ、離れたくないって思ったんだよね」
「女の子も、離れたくなかったのかな」
「…そうだったのかもね。だから一つ、約束したんだ」


一之瀬くんはそう言って真っ直ぐ私に視線を向ける。その真剣な表情に一瞬息が止まって、心臓が少しずつ早くなるのを感じ取った。なに、これ。そんなこと、私自身が知るはずもなく。


「『また逢えた時は、もう一度、』」


とくん、とくんと自分の心臓の音が聞こえる。何処かで早く続きを聞きたいと望む私がいた。そのまま彼が口を開きかけるのと、同時。


「おーい、一之瀬、藤城!」


突然大きな声が耳を突いて、私は大袈裟に肩を震わせた。すぐにそちらへ顔を向けると大きく手を振る風丸くん。視線を戻した先にいた一之瀬くんはもうさっきみたいな真剣な様子じゃなく、いつもの表情に戻っていた。


「こっちはそろそろ終わるんだけど、そっちは?まだ時間掛かりそうか?」
「いや、もう終わる。そっちに持っていくよ」


突然中断されてしまった言葉の続きは一之瀬くんから発せられないまま。風丸くんは「わかった」とだけ告げるとすぐに戻っていく。


「…続きはまた今度、ね」
「えっ」


ぽつりとそれだけ告げて、彼はまた笑う。そして先程炊けたご飯が入った鍋を運びながら風丸くんの後を歩いていった。その場に一人残された私は一之瀬くんの背中をじっと見つめて、その視線を自分の爪先に落とす。
さっきの一之瀬くんの表情が、声が、忘れられない。早鐘を打っている心臓はまだ収まることがなく、身体が熱くなる。


「…馬鹿みたい」


今の私の状態と、頭の中でぐちゃぐちゃになってること両方に対し零した言葉。ぶんぶんと大きく頭を左右に振ると、私はまだ運びきれていない鍋を両手に抱えて、一之瀬くんの後を追いかけた。




頭の中は、わからないことだらけだった

(あの言葉を何処かで聞いた覚えがあるとか、一之瀬くんの姿が思い出の誰かと重なったとか、そんな、些細なこと。)







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