夢は何かを暗示するものだ。誰かにそう聞いたことがある。本当かどうかなんてわからないし、正直な話私はそこまで信じていなかった。でも、最近は少しおかしいと思う。毎日中途半端に覚えている夢を見るからだ。
内容ははっきりしないけど、ただ私が泣いている夢。気分がいいはずもなく、とても憂鬱だ。なんで泣いているかもわからない、ただ泣いている。大きな声で、ずっと、ずっと。


「嫌だ、嫌だよ!どうして?約束したのに!」


ねえ、約束って、何なの。わからないよ。















眠気から意識を取り戻す。私は寝ていたのか。最近よく眠くなるなあと考えながら、チョークの音が響く教室内で目を擦った。すると指先が軽く濡れる。どうやら泣いていたらしい。授業中に恥ずかしいなと思いながら慌てて涙を拭った。曖昧なあの夢に同調していたのだろうか。馬鹿らしい、なんで泣いてるかもわからないのに。静かな教室に響かないように息を吐いた。
私の席は窓際の一番後ろの席だ。だから授業中に他のクラスの体育の様子を見ることができる。どうやら今の時期、男の子はサッカーをやっているらしい(女の子はバレーだ、難しいんだよねこれが)。外からボールを蹴る音が聞こえてくる。その声に釣られるようにして窓の外に目を向けた。と、目に留まるのは茶色い髪の男の子。


「一之瀬、パス!」
「うん、任せてー!」


一之瀬一哉、唐突に私の目の前に現れて、覚えてないかとか何とか言って、勝手に好きって言ってきた、変わった子。何度も冷たくあしらってしまって、本当は悪いと思ってる。でもかなり強く言った矢先、謝りに行くのも難しい。だから微妙な距離を保つことにした。私は多分、君には応えられないよって。
相手に気付かれることがない確信がある為か、私は教室からじっと一之瀬くんを見つめた。何人も一人で抜いてどんどんゴールへ向かって行く、ボールを自分の身体の一部のように軽々と操る様子は、まるで手品か何かを見ている気分だった。ゴール前、一之瀬くんが強くボールにスピンを掛けてゴールへとボールを蹴り出す。そのスピードと威力に、思わず息を呑んだ。ただ、純粋にすごいと思った。
クラスメイトみんなに囲まれて笑う一之瀬くんは、太陽みたいな人だと思う。私のような目立たない子と違って、みんなの中心にいるような子というか。そういえば思い出してとか何とかは、飛鳥と秋ちゃんにも言われたなあ。そう考えながら、脳裏にふと浮かんだのはさっき見たおかしな夢。関係あるのかなんて考えてみるけど、そんな馬鹿な話あるはずもないと緩く首を振ってまた外へ視線を向ける。
太陽みたいな一之瀬くんの笑顔が目に焼きついた。














授業も終わり掃除の当番にも当たっていなかった私。勿論学校に残る理由もなくさっさと家に帰ろうと荷物を肩に掛ける。あ、でも今日は英語の宿題がとてつもなく多かったはずだ。私は家で勉強をするということはどうも向いてないらしく、進み具合がとても悪い。色々他にしたいことができてしまうからだ。テレビ見たりとか、携帯弄ったりとか。仕方ないかと少し考えた後、私は昇降口へと向けていた足を戻して別の校舎にある図書室を目指した。
この学校の図書室で人が本を読んでいるところは今のところ見たことがない。でも貸出カードがたくさん置いてあるのを見る限り、借りにくる人はそれなりにいるんだろう。人がいないほうが好都合だった私は、そのまま図書室に足を踏み入れて日の当たる窓側に腰掛けた。貸出当番の人も、今は席を外しているようだ。ラッキーだと思った。
ノートを開いて数十分、静かな空間に不意にがらがらと扉を開ける音がした。当番の人が戻ってきたのかなと振り向きもせずに考えながら手を動かす。不意に「あれ、」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ゆい…?」
「…一之瀬、くん」


振り向いて落胆。ああ、よりにもよって、彼か。なんてタイミングがいいんだ。未だ彼にどう接していいか分からなかった私にとってはあまり良くない状況であり、内心溜息を吐いた。一方一之瀬くんは最初こそぱぁっと表情を輝かせたものの、すぐにそれを曇らせる。


「あ…ゆいは宿題?」
「…うん、静かだからここでやってるの。…一之瀬くんは?」
「俺は本を返しにきたんだけど…」


誰もいないみたいだね、ときょろきょろと辺りを見渡す一之瀬くん。「どうしようかな」と手元の本を見つめながら呟く彼を見かねて、私は今度こそ溜息を吐いた。持っていたシャーペンを置く。


「返し方、わかんない?」
「…うん。返しにくるの、初めてだから」
「…教えてあげる」
「え、いいの?」
「ほら、このカードに名前書くんだよ」


椅子から立ち上がりカウンターに近寄って、置いてあったカードを一之瀬くんに差し出す。先刻までの暗い表情とは打って変わって、また明るい笑顔で「ありがとう!」と告げられた。…なんだ、彼は前のことをそんなに意識していないのか。あまりに自然に接してくるものだから逆に意識してしまう、今度は捻くれた考え方をする私に溜息を吐きたくなった。


「ここ?」
「うん。書き終わったら本棚に戻しておしまい」


わかった、とペンを動かしながら言う様子をぼんやりと眺めてみた。そういえば何の本を借りたのかとちらりと表紙を見てみるとどうやら英語で書かれているようだ。思わず頬を引き攣らせた。


「一之瀬くん…それ洋書?」
「え?ああ、そうだよ。俺、英語だけはできるから。気になってた本だったし」
「…アメリカからきたんだっけ」
「うん、だから秋たちに逢うのも久しぶりなんだ」


カードをカウンターに戻しながら言う一之瀬くんの横顔を見ながら、また話を掘り返してしまったかと自分自身を少し恨む。話さないように距離を置いたのは自分で、あんな酷いことを言ったのも自分。だけどそれを縮めようとしているのも自分、だなんて矛盾した話だ。本棚の影に隠れて一之瀬くんが見えなくなると、其方から声がした。


「ゆいに、お願いがあるんだ」
「私に?」
「うん、グラウンドで逢った日から暫く逢えなくて、言えなかったけど」


お願い、と聞いて嫌な予感がする。また好きだのどうだの言われたら、同じことの繰り返しになるかもしれない。夢と現実が変にリンクすることが怖くて、何かが自分を駆り立てている。それが不快に感じた。きっとそれは一之瀬くんの言葉が原因なんだろう。


「…こっちに来た時から、色々ごめん」
「え」
「俺、ずっと夢見てたみたい、なんだ」


ぽつり、ぽつり。小さく区切られて紡がれる言葉。要点を得ない言い方に首を傾げていると、本棚の影から一之瀬くんが顔を出した。その表情は明るい笑顔というわけじゃなく、かといって悲しみに満ち溢れた表情でもない。何とも言えない、苦笑を浮かべていた。


「ゆいに逢ったら、すぐに好きって言ってもらえるものだと思ってた」
「私にって…」
「でも、それは贅沢な望みだった。望みすぎていたんだよ。…こんなことになってるなんて、思わなくて」


ごめん、ゆい。
少し真剣な声色でそう告げられ、何も言えなくなる。こんなことって一体何?望みすぎって何?わからないことだらけで、頭の上はクエスチョンマークでいっぱいだ。そんな様子を知ってか知らずか、一之瀬くんは一度大きく深呼吸をして、吐息を吐き出すように言葉を零した。


「もう、無理強いしない。俺のことを好きになってくれなくてもいいよ、ゆい。覚えてないならそれでいい」
「…」
「でも、一つだけ我儘言わせて欲しいんだ」


一之瀬くんは一歩、また一歩私に近づいてきて、少し離れた所で立ち止まった。私は彼から目を離すことができなくなっていて、いつしか声さえ出なくなってしまう。震えそうになる体を、手のひらを握り締めることで抑えようとした。


「俺のこと、忘れたままでもいい。もうしつこく言わないから、だからせめて、一つだけ、」
「…な、に?」
「友達で居させて、…“藤城”」


そう言って微笑む一之瀬くんと、唖然とする私。呼び方が変わったからじゃない、言葉も衝撃的だったけど、それが主ではない。一之瀬くんにこんな表情をさせているのが私だと言う事実に、唖然とした。私は彼を何度も傷つけている、それがどんな理由であれ、確実に。


「…っご、ごめん、」
「え?なに、が」
「藤城…泣くほど、嫌だった?俺と友達になること、も」


悲しそうな一之瀬くんが、霞んでいる。ごしごしと目元を拭うと、手につくのは温かい水滴。どうして私は泣いているんだろう、そう思っても涙は止まらなかった。あたふたと私の前で慌てる一之瀬くんの誤解を解こうと慌てて頭を左右に振る。


「ご、ごめんね、友達になるのが嫌なわけじゃないの!」
「じゃあ、どうして…」
「わからないんだ、なんだかとても…胸が苦しいよ」
「………藤城」


ごめんね、ごめんね。ただわけもわからず私は謝り続ける。すると不意に優しく頭をなでられた。手を止めてそっと目線を上げる。一之瀬くんは、笑ってた。


「泣かないで。つらい思いさせて、ごめん」
「ち、違、」
「もうゆい…、藤城のことを傷つけたりしないから。だからさ、笑ってよ」


俺は藤城ゆいの笑った顔が見たいんだ。
そう言う一之瀬くんはあの太陽のような笑みを私に向けている。でも何処か違う感情を含んでいるような気もする。ただ単に私が純粋に見ていないからだろうか、それとも。でもあえて何も言わず、息を吐き出してゆっくり口角を上げた。

私の中で悲鳴を上げる感情になんて、気付くはずもなく。



彼と、お友達になりました。






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