あれから早くも一週間が経った。俺はあの日以来藤城ゆいに逢えていない。少し強引すぎただろうか、最後はかなり怒っていた気がする。何度か話しに行こうとクラスまで行ったけど、タイミングを見計らっているのか(わからないけど)一度も逢えることはなかった。このことを秋に話せば「もっとゆっくりじゃなきゃゆいちゃんも混乱しちゃうよ!」と何故か俺が怒られるし、もう一体、何なんだ。

はぁ、と大きく溜息を零す。それに続くようにして、俺は右頬を強打した。


「痛ッ!」
「おいおい、大丈夫か?一之瀬」
「ご、ごめん、大丈夫」


土門の声に軽く手を振って答え、地面に転がるサッカーボールに視線を落とし鈍く痛む頬を撫でる。考え事をしながらフィールドに立つものじゃないなとぼんやり思ってボールを拾った。
俺はあれからサッカー部に入部した。円堂に出会って、この雷門中サッカー部を知って、もっとこのわくわくする気持ちを感じていたいと思ったからだ。来てすぐは円堂と土門と三人でトライペガサスを完成させるのに必死でゆいには逢いに行けなかった。だからちゃんと雷門中に転入して、彼女に逢いに行った。何も覚えていては、くれなかったけど。


「お前が考え事なんて珍しいな」
「失礼だな、俺だって考え事ぐらいするって」
「へぇ、恋煩いとか?」
「そうだね」
「…否定しないのかよ」
「本当のことだから」


俺は藤城ゆいに恋をしている。忘れ去られて冷たくあしらわれても、諦めるつもりはない。これから思い出してもらうんだ、そうすればきっと、ゆいは俺に笑顔を向けてくれる。…半分意地になっているのかもしれない、でも、彼女を好きな気持ちは今も昔も変わってはいなかった。


「そういえば、ゆいには逢ったか?」


土門の口から彼女の名前が出た途端、軽く肩が揺れた。


「あいつ、お前のことだけ何も覚えてないんだぜ。あんなに仲良かったのにな…」
「…知ってる」
「え?」
「ゆいが俺のこと覚えてないって。秋に聞いたんだ」
「…そっか。でもこれから思い出させてやるんだろ?」


俺も秋に聞いた。
真似するように言って笑う土門に、釣られて自然と笑みが零れる。後ろ向きなのは俺らしくないって、前向きになるって自分で決めたんだ。だから落ち込んでる暇なんてない。


「頑張れよ、一之瀬。フィールドの魔術師さん」
「ああ。ありがとう、土門」

「飛鳥ー」


と、不意に女の子の声が聞こえた。「あ」と小さく声を漏らした土門が見る方向を俺も一緒に振り返る。其処には今話題に上っていた彼女が立っていた。振り返った俺と目が合う。あからさまに顔を歪められた。


「げ、」
「…酷いな、その反応」


思わず乾いた笑みを漏らしてしまう。いや、だって出会い頭に「げ、」って…俺、悪いことした覚えはないんだけどなあ。
俺を避けるように少し距離を保ちながら土門に近づくゆい。少し胸が痛んだ。


「…あ、飛鳥」
「よっ、ゆい。今お前の話してたとこだったんだ」
「なんで私の話?」
「そりゃあ…あー、いや、なんでもない。気にすんなって」


俺をちらりと見てから言葉を濁した土門はすぐにゆいに向き直る。…あれ?そういえば、


「…名前…」
「ん?どうした、一之瀬」
「ゆい、土門のこと、名前で呼んでる?」
「…そう、だけど。何?」


あたかも当然の如く彼女の口がそう紡ぐ。一瞬此方を見てくれたけど、ゆいはすぐに土門を見上げた。…俺のことは名前で呼んでくれないのに、そう考えると何とも言えない気持ちになって、思わず少し俯いてしまった。


「ほら、一緒に帰った時に飛鳥にタオル借りたじゃん?あれ、返しにきた。ちゃんと洗っといたから」
「ああ、あの時の。別にタオルくらい気にしなくていいのに」
「そうはいかないって。雨降ってた時だったから助かったよ、ありがとね」


次いで、ゆいが土門に笑いかけた。とくん、と心音が一層大きくなる。ずっと見たいと思っていたゆいの笑顔をようやく目にすることができた。でも、それは俺に向けられたわけじゃない。俺にはまだ、一度も笑ってくれていない。
一緒に帰ったとか、タオルを借りたとか、そんな他愛ない会話でさえ耳に突く。俺だってもっと話したい、のに。


「…じゃ、私、もう行くね」
「え、もう行くのか?折角一之瀬が帰ってきたのに」
「…飛鳥も同じこと言うの?」


秋ちゃんと二人で口を揃えて、と苦笑する姿さえ愛しいと思う。でも、言えなかった。またこの前のように彼女に拒絶されたら、なんて、また後ろ向きな考えになってしまう。


「私は一之瀬くんの知ってる藤城ゆいとは別人だよ」
「ゆい…でも一之瀬とは確かにアメリカで、」
「私、一之瀬くんにはこの前初めて逢ったんだから」


一之瀬くん、と俺の名前を呼ぶ声はこの前と違って刺々しくない。じっとゆいの顔を見ると、ゆいも俺と目を合わせてくれた。瞳が少し揺れたのが分かる。


「えっと…この前は、ごめん。頭痛くて、苛々してたから」
「え…ああ、いや」


ぎこちなく告げられたそれは一瞬俺に向けられたものだと思えず(視線は俺に向いていたのにな)ぽかんとしてしまったけど、慌てて頭と両手を左右に振る。


「でも、私本当に覚えがないんだ」
「う…ん」
「だから、前の言葉は撤回したほうがいいよ」
「え、」
「もし君が私を好きだったとしても、私は応えられないだろうから」


一瞬息が出来なくなった。動揺を抑えきれず、小さく声を零して、俺はまた俯く。俺には十分、衝撃的な言葉だった。


「じゃーね、飛鳥、一之瀬くん。部活頑張って」
「ち、ちょっと、ゆい、」


少し焦ったような土門の声と、遠ざかる足音。暫く手に持ったままのボールをじっと見つめる。彼女に好きと言って欲しかった、俺と同じ気持ちでいて欲しかった。でもそれは、贅沢な望みだった。ぐっと唇を噛み締める。


「一之瀬…」


気に掛けたようにそっと声を掛けてくる土門が、羨ましかった。ゆいとあんなに仲良く話せて、名前を呼んでもらえる彼が。でもそんな醜い嫉妬心を見せたくなくて、小さく息を吐いてから顔を上げる。


「…嫌われちゃったなあ」


いつものように上手く、笑ったつもりだった。



声は震えてしまったけれど。


***
かっこいい一之瀬が書きたいのに、ヘタれてしまう。





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