あの出来事から月日の流れは速かった。色んな仲間と出会って、一緒に戦って、エイリア学園を一つずつ倒して行って。最終的に雷門イレブンは見事エイリア学園に勝利し、地球の未来を救った。その後雷門中へ帰ると待ち構えていた過去のチームメイトと戦わなければならなかったけれど、それも今までの力を出し切ってなんとか勝つことができた。彼らの目を覚まさせることもできて、ようやく本当の意味で雷門イレブンの試練は終わった。


一之瀬一哉くんに好きと告げたあの後私が一番心配していたのは、一哉くんを好きと言っていた浦部リカちゃんとの仲がどうなるかということだった。けれど幸い、彼女はとても優しい人で一哉くんが話した内容をそのまま受け入れてくれていたのだった。だから私に冷たい視線を突きつけるどころか、笑顔でこう言ってくれたのだ。「よかったな、ゆい!」と。その時に私がまた大泣きしてしまったのは…言うまでもない。


それから土門飛鳥と木野秋ちゃん。最後の最後までお世話になった二人は、私たちがお互いの気持ちに気付いたこと、それから私が本当の記憶を取り戻したことを心から喜んでくれた。ただ一哉くんはあの後飛鳥に散々弄られ(真剣に飛鳥に宣戦布告したことについて)、どうにも居た堪れない気持ちになったらしい。今でも飛鳥と秋ちゃんは私と一哉くんの良き親友であり、大切な幼なじみだ。勿論、西垣も。


それから何日も何ヶ月も経って、怒涛の中学二年生を過ごした私たちも次の学年へ上がろうとしていた三学期最後の一週間での出来事だった。一哉くんがサッカー部全員の前で「アメリカに帰ることになった」と告げたのだ。
以前聞いた話では一哉くんは雷門中のサッカーに引かれて滞在時間を延ばしただけであって、これからずっと日本に居るつもりじゃなかったらしい。ただアメリカのチームに呼ばれてしまったのはとても急な話だったから、こんな予告も何も無しに唐突な報告をしたんだとか。
一哉くんが帰ってしまう、そう聞いた時、目の前が真っ暗になった気がした。ようやく再会できたのに、記憶を取り戻して彼に好きと告げられたのに。そんな彼がまた私の目の前から居なくなってしまう。…そうは思っても、「行かないで」なんて言えなかった。一哉くんは夢を果たすべきだと思ったから。輝いていて欲しいと思ったから。

せめて最後くらいはと空港に見送りに来た私は今、ロビーの椅子に一哉くんと二人で座っている。彼の右手には大きなキャリーケースがあって、彼の私服は見慣れないからか、なんだか普段の何倍もかっこよく見える気がした。じっと見ていた私の視線に気付いたのか、前を見つめていた一哉くんがこっちを向く。


「そんなに見つめられると照れるんだけど」
「えっ、あっ、み、見つめて、なんか…!」
「あはは、冗談だよ」


にこにこと笑顔を絶やさない彼は今日も変わらず太陽のようだった。数時間すればこの笑顔とはお別れなのかと考えると、すぐに落ち込んでしまう。私は何も言えなくなって自分の膝に視線を落とした。まだ子供で、彼と一緒にアメリカについていくことが出来ない自分を、少し恨んだ。


「もうすぐ…行っちゃうんだね」
「…うん」
「アメリカの友達、一哉くんが帰ってきたらきっと喜んでくれるよ!」
「そうだといいな」
「…」
「…」


お互いに会話が途切れてしまって、私は小さく溜息を吐いた。次はいつ逢えるか分からないのに、こんな最後でいいのだろうか。そんなことを思っていると、隣で一哉くんが口を開く。


「また、逢いにくるから」
「え?」
「絶対逢いにくる。だから…我儘だけど、ゆいには待ってて欲しいんだ」


隣を見れば真剣な表情をした一哉くん。私が断る理由などなく、緩く笑顔を浮かべて首を縦に振った。


「ずっと待ってる。一哉くんが帰ってくるって、信じてるから」
「…ありがとう。あっ、そうだ、」


そう言って一哉くんは服のポケットに手を突っ込んで何かを探す。暫くその動作を見つめていると、やがて「あったあった」と声を出して私に笑いかけた。


「ゆい、ちょっとあっち向いて」
「あっち?う、うん…」


言われるがままに一哉くんと逆の方向を向くと、次いでひんやりとした感触を首筋に覚える。思わず小さな悲鳴をあげると、後ろで彼はくすくすと笑った。


「ほら、こっち向いて」
「な、なにした、の…」


その勢いは最後まで続かなかった。私の首元には少し大きな水色の星のネックレスが掛かっていた。


「こ、これ、」
「俺からゆいにプレゼント!昔、星に約束するって言っただろ?あの時は触れない星に約束しちゃったから、今回は触れる星に約束する」


これなら本当に忘れなさそうだしね、と冗談っぽく言って笑う一哉くんの姿がぼやけそうになって、私は慌てて目元を擦った。最後の最後で泣いてどうするんだ、彼は私を元気付けてくれてるじゃないか。そう自分に言い聞かせて、首元で光る星を握り締めて、私は今できる精一杯の笑顔を浮かべた。


「私も約束するよ、ずっと一哉くんを待ってるって!」
「うん。絶対だよ、ゆい」


そう言って私の頭を撫でてくれた一哉くんは数時間後、扉の向こうへ消えて行ってしまった。














夕焼け空が広がる稲妻町の河川敷。川のすぐ傍では小学生のサッカーチームが練習している。私はその様子をぼんやり見つめながら、草の上に腰掛けていた。赤い空を背景に稲妻町の建物が黒く影を伸ばしていて、春風が駆け抜けた。
私の隣にはもう、一之瀬一哉くんはいない。何ヶ月、何年、何十年掛かるか分からない再会を約束して、彼はアメリカへと帰ってしまった。空を一機の飛行機が飛んで、長く白い飛行機雲を作っている。


「あれに乗ってるのかなあ」


そう一人で呟いたけれど、誰も返事を返してくれるはずもなく。自嘲気味た笑いを零した。首元で夕日に照らされて光る大きな星のネックレスを握り締めて、私は痛む胸を抑えようとした。
好きで、大好きで、ようやく伝わったこの想い。だけどそれも近くに彼がいないのなら意味はないような気がした。彼は本当に帰ってきてくれるのだろうか、もう、私はつらいことを忘れなくていいのだろうか。自分を中心とした考え方ではあったけれど、そんなことを考えて複雑な気持ちを抱く。


「…一哉くん」


水色の星が、ぼやける。一人になるとどうしようもない寂しさが込み上げて、私の頬を涙が伝った。それを拭おうともせずに、私は誰に言うわけでもなく、呟いた。


「逢いたい、よ」
「…俺も、逢いたかった」


途端背中に感じた温もりと、聞き慣れた声。突然のことに私は肩を跳ね上がらせて背後を確認しようとしたけれど、声の主が私の身体に腕を回していて振り返ることができない。慌てている私を尻目に、声は続いた。


「本当はあの飛行機で帰るつもりだったんだけどなあ」


息を、呑む。どくどくと心臓が血液を全身に送る音。その腕が緩むと同時、私は背後を振り返る。
そこには夕日に照らされた一之瀬一哉くんが、にこにこと笑みを浮かべてこっちを見ていた。


「な、なん…なんで…えっ?か、帰ったんじゃ…」
「帰れなかったんだよ、どうしても足が進まなくて」


参った参ったと言いながら苦笑する彼は私の隣に腰掛ける。あの時持っていた大きなキャリーバックも横に寝かされて、夕日に目を細める彼の横顔を呆然と見つめた。


「ははっ、また泣いてたの?ゆい」
「…なっ…な、泣いて、ない!」


はっと我に返って頬を伝っていた涙を服の袖で拭う。するとその腕を押さえられて、顔から離された。


「か、一哉、くん…?」
「擦っちゃ駄目だって、前も言っただろ?」


そう言って近づく彼の行動を予測できず、私はぎゅっと強く目を瞑った。すると私の頬を湿った何かが這う。それは私の目元まで上がると、ちゅっと軽い音を立てて離れた。目を開けると満足そうな表情を浮かべる、一哉くん。舐められたと気付いたのは、その表情を見てからだった。


「ほら、もう大丈夫」
「っ……か、一哉くんの馬鹿…!」
「でも本当に止まったよ」


言われてみれば確かに、涙はもう止まっている。言い返せない私は顔から火が出そうなくらい真っ赤になっていることだろう。でもこれは夕日のせいだ、そう、夕日のせい。あえて返事をせず、一哉くんから目を逸らす。


「俺、サッカーはすごく好きだし、アメリカのチームのみんなも好きだ」


そう言って口を開く一哉くんの横顔を垣間見ると、何とも言えない表情をしている。


「でもそれより、ゆいと離れたくないって思っちゃった」
「…一哉、くん…」
「また俺のこと忘れた、なんて言われたら今度こそ立ち直れないし」


うっと言葉に詰まる私が面白いのか、一哉くんは口元をにやつかせて私を見ている。確かにこれは、言い返せない。


「前は円堂や他のみんなと、雷門のみんなとサッカーがしたくてこれを破ったんだ」


ひらりと一哉くんのポケットから出されたのは一枚の航空券。それには今日の日付と、時間と、座席と、行き先が書かれていた。それを夕日にかざす様に持った一哉くんはすぐにこっちを向いて、はい、と私にその航空券を差し出す。


「どっちみちもう使い物にはならないんだけど」
「な、なに?」
「今度はこれ、ゆいのために破るよ」


一哉くんは困惑している私の手を取ると無理矢理航空券の端を握らせた。何をするのかと目を瞬かせていると彼は満面の笑みを浮かべる。


「絶対離しちゃ駄目だよ」
「えっ、何、どうするの、」
「せーの!」


えいっと言う掛け声と共に、一哉くんは私と逆の方向を掴んで強く引っ張る。離しちゃ駄目だと言われて身体は言うことを聞いたのか、私はそれに負けないように指先に力を込めた。その瞬間。
びりっという軽快な音と共に、一枚の航空券が半分に破れた。


「あ…っあああー!!」
「これでこっちに残った理由は『ゆいが航空券を破ったから』ってことになるね」


にっこり笑う一哉くんと変な叫び声を上げる私。慌てて一哉くんが持ってる半分と私の持つ半分を引っ付けようとしたけれど、時既に遅し。破れてしまったものは、もう元には戻らなかった。


「さっきも言ったけど、もうその飛行機飛んでいったからただの紙切れ同然だよ」
「で、でも…っ」
「いいのいいの、俺がこうしたかったんだから」


私から航空券を奪い返した一哉くんはそれをまた一回、また一回とびりびりに破いていく。ただの紙くずと化してしまったそれは、一哉くんが両手を広げると共に風に吹かれて飛んで行ってしまった。


「それに今ので、ゆいの願いを一つ叶えられた」
「ど、どういうこと…?」
「逢いたいって、言ってくれただろ?」


そう言って私の首元に掛かっている星のネックレスに手を掛ける一哉くん。それから私を見る視線に、とても擽ったい気持ちが込み上げる。


「やっぱり触れるものの方がいいみたいだね」
「そ、そんなの分からないよ」
「なんで?」
「だって、触れない星に約束したから、また逢えたんだもん」


ね、と言うと一瞬きょとんとした一哉くんだけど、すぐにくすくすと笑って頷いた。


「そうだね、じゃあ触れない星に約束しても、触れる星に約束しても、どっちも大丈夫ってことだ」


その言い方に、私も釣られて笑った。約束も願い事も両方叶うなんて素敵だねって。一哉くんはネックレスから手を離すとその手をそのまま私の頬に滑らせた。


「ゆい、これからはもう俺のこと忘れるなよ」
「…うん、絶対忘れないよ」
「それから…もう一つだけ」


聞いてくれる?と照れ臭そうに笑う一哉くんは両手で私の頬を包む。次第に表情が緩むのを感じながら、私は首を縦に振った。


「大好きだよ、ゆい」
「…うん、私も大好き」
「それから、愛してる!」


愛の言葉と同時に落とされた触れるだけの口付けは私を舞い上がらせるのには十分で、私は頬を真っ赤に染めたままこう言った。「私も!」って。

夕焼け空に薄らと見え始めたたくさんの星と私の首元で照らされた星が、幼いころの大切な思い出のように、きらきらと光っていた。




になったプロポーズ


今宵星に願うのは、ずっと彼の隣で笑っていたいということ。




fin
091229




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