一度溢れた感情は止まることなく、文字の羅列となって私の口から発せられる。言わないでおこうと思ったことすら、全て。一之瀬くんが好き。そう口にした途端、私は人生で二度目のキスをした。














「ふ、え…?」


我ながら間の抜けた声が出たと思う。溢れて仕方がなかった言葉がぴたりと止まり、きょとんとした表情を浮かべた。唇に柔らかな感触、これはつい先刻も感じた気がする。名残惜しげに離れた一之瀬くんは切なげな表情を浮かべて、ぎゅうっと私に抱きついてきた。


「今の、嘘とかじゃないよね」
「な、なに…っ」


言わないと思った矢先、どうして私はこんなに意志が弱いのだろうと思った。彼を困らせてしまったのではないか、でもそう考えるよりも先に今の行為が何かということの方が分からなかった。震える身体は、言うことをきかない。


「ずっと聞きたかった」
「え…?」
「まさか先に言われるとは思ってなかったけど」


耳元で乾いた笑い声が聞こえて、更に訳が分からなくなる。先って、どういうことなんだろう。


「俺も藤城が…ゆいのことが好きだ」
「う、嘘…だよね」
「まさか。逢った時も、その前からも、俺はずっとゆいが好きだよ」


好き。一之瀬くんの口からそう言葉が発せられて、頭の中が真っ白になった。頭の中が真っ白になって、物事を上手く考えられなくなる。たくさんの疑問が生まれて、私は迷うことなく口にした。


「だ、だって一之瀬くんには、ちゃんと好きな子が、」
「それはゆいのこと」
「えっ…で、でも、友達って言ったのは一之瀬くんの方で、」
「最初の方のゆいはそうとでも言わなきゃ俺を近くに置いてくれそうになかったから」
「い、一之瀬くんは、もう私のことなんかなんとも思ってないんじゃ、」
「俺がいつそんなこと言ったの?」


全てにすぐ返答してくれる一之瀬くんに対し言葉を失った私は、そのまま濁して項垂れた。私が考えていたことは、悩んでいたことは全て意味がないことだったということ?ただの勘違いをしていて一之瀬くんの想い人に勝手に嫉妬してたということは、私自身に嫉妬していたということなの?


「名前で呼ばれるのも嫌なほどゆいに嫌われてると思ってたのは、俺の方」
「ち、違うよ!私、一之瀬くんのこと嫌いなんかじゃなかった!ずっと、ずっと…、」


ずっと、その続きが言葉にならなくて、私は病室でやったのと同じように一之瀬くんの肩に顔を埋める。


「ずっと好きだったけど、どうしたらいいかわからなくて…好きだなんて言えなくて…」
「ゆい」
「…酷いことばかりして、ごめんなさい…っ」


自分が今までしてきたことを思い出しながら、それでもこうして抱きしめてくれる彼の優しさにまた涙が零れそうだった。私は不器用だ、本当に心からそう思った。
優しく背中を撫でられて気持ちが落ち着いていく。そんな中、私は自分の中で決意を固めた。ちゃんと言わなきゃいけないことが、あるんだ。


「一之瀬、くん」
「ん?」
「前に私にしてくれた話、覚えてる?」


突然の言葉に何のことか分からないのか、一之瀬くんは少し身体を離して首を傾げた。ガーゼを貼られていない方の頬に手を伸ばして、私は苦笑する。


「小さな女の子と男の子の話。あれ、一之瀬くんのことだよね」
「えっ」
「女の子は、私」


目を丸くする一之瀬くん。私は大きく息を吸い込んだ。


「また逢えた時は、もう一度、」
「っ、それ、」
「…恋人になって、ください」


今より幼い一之瀬くんから受けた、幼い告白。それでも過去の私にとって、今、思い出した私にとっては世界中で一番の告白だった。彼の表情が段々と笑顔になっていって、私の肩を強く掴む。釣られて私も、微笑んだ。それから今度は彼に聞こえるように、聞いてもらえるように言葉を紡ぐ。


「全部思い出したよ、…一哉くん」
「ゆい、本当に全部俺のこと、思い出してくれたの?」
「うん、うん。…大切なことなのにずっと忘れてて、ごめんね」


頬に添えていた手を彼の手で上から包まれて握り締められる。ずっと強く握られていた腕からはもう力が抜けていて、ただ触れているだけのようだった。一之瀬くんの、一哉くんの口から小さく息が漏れる。


「やっと、思い出してくれたんだ」
「…一哉くんが死んだって聞いて、私、信じられなくて。そのまま秋ちゃんや飛鳥と別れて日本に帰ってきて、サッカーにも触れなくて。いつの間にか、記憶から消しちゃってた…みたい」


自分でもその辺りの記憶は曖昧で上手く説明できず、彼の顔を正面から見つめることもできなかったのでそっと俯いた。すると彼の方から、少し不機嫌な声。


「俺、ゆいに忘れられて、友達で居ようって言ってからもやっぱり好きで、諦めきれなくて。ゆいはいつでも俺の手の届くところに居るのに、心は全然違うところにあるんだと思ってた」
「…うん」
「無理にでも諦めようと思った矢先、土門がゆいのことを好きになったとか言ってくるし…」
「は?」


途中まで聞いていて、おかしな部分に変な声を上げる。訝しげな表情を浮かべる私に驚いたのか、目を瞬かせながらきょとんとする一哉くん。


「え、ゆい、気付いてなかったの?」
「気付くも何も…、……それってもしかして」


そういえば以前飛鳥に相談した時の話。一肌脱ぐだのどうだのいう話を聞いたような。それはこういう意味だったのか。頭の中で勝手に理解して思わず噴き出した。思わず肩が震える。


「な、なんだよ」
「ご、ごめっ…一哉くん、まんまと騙されたんだ…!」
「騙された…?」


困惑したような表情を浮かべる一哉くんに少し申し訳ない気持ちが生まれるけれど、それ以上に笑いが込み上げてきた。なんとかそれを抑えて、私はにやにやしながら一哉くんに向き直る。


「飛鳥は私のこと、好きなんかじゃないよ」
「え?」
「私がね、前にちょっと相談したことがあって…それで手伝ってくれるって言ってたんだ。一肌脱いでやるって」
「と言うことは…」
「だから一哉くんは騙されたってこと」


その顔が段階を踏んで徐々に赤くなる様子を目にしているうちに、彼は私から手を離して自分の顔を両手で覆った。突然の行動に少し心配になって覗き込もうとすると、指の合間から小さな声が漏れる。


「…俺、真剣に土門にライバル宣言しちゃった…!」


一哉くんはどうしようといった表情で私を見つめてくる。そんな表情を見るのは再会してから初めてな気がして、胸の内が温かくなるような気がした。頬を緩めて笑みを零す。さっきまであんなに泣いていたのに、ネガティブになっていたのに、今はこんなに笑えてる。私はやっぱり現金なヤツだなあと自分自身に心の中で苦笑した。


「飛鳥は全部分かってるから、大丈夫だよ」
「…まあ、そのおかげでこうしてゆいの気持ちを聞けたんだし」


感謝しないとかな、という声がして私はまた一哉くんに抱きしめられた。彼が今どんな表情をしているのかは分からないけれど彼の髪の間から覗く耳が真っ赤だということから、今もその顔は染まっているのだろうと考えた(きっと今の私も同じくらい真っ赤なんだろうけど)。


「ゆい」
「なに?」
「もっと俺の名前、呼んで」
「…一哉くん」
「もっと」
「一哉、くん。一哉くん、一哉くん…」


呼ぶたびに胸が苦しくなって擽ったい気持ちが生まれていく。でも呼びたくないとかじゃなくて、もっと呼びたくて。懐かしい響きを自分の耳で思い出しながら何度も何度も彼の名を繰り返す。そのうちまた溢れてきた想いは、口を突いて出てきた。


「一哉くん、大好き」


彼を忘れてからも、その前からも言いたかった言葉。私は今その言葉を口にしている。じんわりと温かい想いが生まれて、私は初めて一哉くんの背に腕を回した。


「ありがとう、待っていてくれて」
「こちらこそありがとう、逢いに来てくれて」


「あのさ、」と耳元で声が聞こえてもぞもぞと一哉くんが動く。どうしたのかと背に回していた腕の力を緩めると、私の背に腕を回したまま私と顔を向き合わせる彼。少し真剣な表情の彼を、僅かな身長差で私は見上げる形になった。


「ゆいに言いたいことがあるんだ」
「なに?」


続きを促すと、一哉くんは私から両手を離して片手の手のひらを上にして私に差し出す。不思議に思った私はその手と彼の顔を交互に見た。


「藤城ゆいさん」
「は、はい、」


改まった言い方で呼ばれ、妙に緊張してしまい思わず敬語になる。一度大きく深呼吸をした彼は先刻私の唇に触れたそれで、言葉を紡いだ。


「もう一度、俺と恋しませんか」


緊張はすぐに解れ、頬が緩む。今日で何回泣いているだろうと思いながらも私はまた涙ぐんでしまった。それでも口角を上げて情けない笑みを彼に向けるとそっと自分の片手を彼の手のひらに重ねた。


「喜んで」


一哉くんの表情が一転し、あの太陽みたいな笑顔が浮かべられる。それからぐいっと強く引っ張られて、私は彼の腕の中に飛び込んだ。




二度目の恋を、君へ。

(君に出会えて、本当によかった)






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