浦部リカという女の子が現れて唐突に結婚宣言をされてしまった。しかも、ゆいの前で。ダーリンとか何とか呼ばれ腕に抱きつかれ、離したいのに離れない。ゆいに勘違いされるわけにはいかないと慌てて弁解しようとしたけれど、上手い言い方が思いつかなかった。だって一歩間違えれば告白みたいなものになってしまう。こんな形で、ゆいに気持ちを伝えたくなかった。

でもそれが仇になってリカとの仲を応援するとはっきり言われてしまう。俺の方を見ようともせず手を振り払った彼女の行動が衝撃的で、でも放ってはおけなかった。リカを秋になんとか押し付けてゆいの後を追いかける。その時の彼女は、出逢った当初のような目をしていた。


「私は、一之瀬くんが誰と結婚しようが、誰を好きになろうが、どうでもいい」


突き放すような言い方にくらりと眩暈を覚える。俺にはどうでもよくないのに、ゆいが俺以外のやつを好きになることなんて、耐えられないのに。そう思うのはやはり、俺だけなのかと。
俺がゆいに触れたいから、話したいからそうしてる。優しさとか情けとかそんなのじゃない、好きだからそうしてる。そう伝えたつもりだったけれど彼女は信じず、また力強く腕を振り払われた。


「一之瀬くんにはちゃんと好きな子がいるんでしょ?その子のところに行けばいいじゃん」


何を言うんだろう、それは目の前にいる女の子のことなのに。振り払われたことに驚いてしまって言葉が出なかった。


「わ、私みたいなただの友達に、どうしてそこまで構うの」


言いながら悲痛に歪むその表情を見てはっとなる。俺はまた彼女を傷つけているんだと。


「私が調子に乗っちゃうから、やめてよ」


でも、それでも伝えたかった。応援してるなんて言葉、冗談でも聞きたくなかったのに。こんなに必死になってる俺の気持ちに気付かない彼女はなんて残酷なんだろう。…違う、残酷なのは俺だ。傷つけないとか言いながら、何度もナイフを突き立てるようにして彼女に言葉を浴びせているのだから。


「俺が本当に好きなのは、」


君なんだよ、ゆい。
そう言う前に俺に背を向けて走り出したゆいの後を反射的に俺も追いかけようとする。ふと耳障りなクラクションの音が聞こえて、彼女が車道に飛び出したのだと理解した。真ん中で立ち止まってしまっている彼女は驚きで動けないようだ。俺は慌てて飛び出した。
以前同じようなことがあって足が動かなくなったのにとか、なんでこんなことをするんだろうとか、考える暇もなかった。勝手に身体が動いてゆいを遠ざけようとした。飛び出したことの恐怖より、目の前で彼女を失う恐怖の方が大きかった。

身体に衝撃が加わって、コンクリートに叩きつけられる。よかった、ゆいは巻き込まれていない。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、俺は意識を手放した。















どうやら死んではいないようで、夢を見ているらしかった。それは全て過去のこと。ゆいと俺が出会った時、一緒にサッカーをした時、初めて好きだと告げた時、約束した時。昔から俺はゆいが好きだった。でも、今の方がゆいを好きだと断言できる。自分をコントロールできないほど溺れているんだから、と。
記憶をなくしたゆいには、俺の行動は些かやり過ぎだと思われてしまっているのだろうか。好きでもない相手にこんなことをされては逆に迷惑だっただろうか。それでも身体が勝手に動いてしまったんだ、今更どうこうできない。目の前で大好きな女の子が怪我をするところなんて、見たくなかった。


「…の、…く…」


掠れた小さな声が聞こえる。柔らかい声だ。誰だろう、確認したくても瞼が重くて、身体も重くて言うことを聞かない。


「一之瀬…くん」


ぼんやりした声で紡がれる俺の名前。ああ、見なくてもわかった、俺の名前を呼んでいる人の正体。求めて求めて、それでも遠ざかっていってしまう人。俺の大切な、大好きな女の子。


「ごめんね、…ごめんね」


片手を温かい何かで包まれた。何度も謝罪を繰り返しているけれどその前後が聞こえづらく内容を理解できない。
何に謝っているのか分からないけど、もう謝るなよ。俺は別に君に怒ってるわけじゃないんだから。そんなに謝られると、こっちが悲しい気持ちになるだろ。


「ありがとう…っ」


言葉が変わって、声が震えた。ぎゅっと手に力が篭められて、そこから伝わる温もりが心地良い。彼女を巻き込まなかったことに対してお礼を言われているんだろうか。なら、よかった。迷惑とかにならなくて。俺に話しかけてくれているということは、彼女はそう大きな怪我をしていないんだろう。君が無事で本当によかった。
話しかけたいと、そう思った。自分の中で大声で彼女の名前を叫ぶ。俺は大丈夫だよ、謝る必要も、君が泣く必要もない。だから泣かないで。
けれど重い身体は自分の思うように動かすことができず、声も出なかった。


「起きてよ、早く…」


聞こえてる、もう少しなんだ。起きたら君に言いたいことがある。例え君が俺のことを好きになれなくても、友達で居たいと思っているとしても、どうしても伝えたいことが。有言不実行だと笑ってくれてもいい、また拒絶してくれてもいい。でも俺は、やっぱり諦めきれないんだ。


「一哉くん、」


とても、懐かしい響きだった。やっと呼んでくれた、俺の名前。俺も呼んでいいのだろうか、また、彼女の名前を。
何度も何度も心の中で彼女の名前を呼んでいるうちに唇に何か柔らかいものが触れて、頬にじんわりと温かいものを感じた。

ゆい、好きだよ。
大好きなんだ、今までも、これからもずっと、君のことが。


「ゆい…」


心の中で必死に叫んだ声は、



君に届いているだろうか。

(ぼんやりした意識の中、俺はゆっくり重い瞼を開いた)






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