平然を装えるつもりだった。だって、好きになる以前の問題で私は一之瀬くんにとって友達だろうから。そう考えると一人どぎまぎしてるのもおかしいと思ったし、そんな不自然な態度じゃ変に思われそうだったから。だから普通に接した。
でも「どう思ってる?」って聞かれて、私は思わず答えそうになってしまった。きっと彼はこんな答えを求めているわけじゃないだろうに、だから塔子ちゃんたちが来てくれて助かった。

「好きです」だなんて、まだ言えないよ。














私たちは現在大阪に来ている。浪花ランドという遊園地の何処かに宇宙人の基地があるらしい。本当かどうか定かではないけれど、確かめてみようということになったのだ。私はあまり大勢で行動するのも効率的じゃないと思い一人で行動することを選んだ。遊園地なんて数えるくらいしか来た覚えがなく、見るもの全てに興味を惹かれる。どれもこれも楽しそうだと思った。でも今回はちゃんとした用事で来てるんだから、そうも言っていられない。私は真面目に基地らしきものを探していった。

ある程度見終わり、それでもらしいものは見つからなかった。本当にあるのか、なんて考えながら私は近くのベンチに腰掛ける。ああ、疲れた。そう思っていると、不意に近くを見覚えのあるジャージを着た人物が通った。あれは雷門中のジャージじゃないか、他の誰かなのだろうかと目で追う。


(…あれ、一之瀬くんだ)


茶色い髪と横顔を目にして、それは確信に変わる。真剣な表情をしている彼は私に気付いていないようだ。辺りを見渡してちゃんと探してるところを見て、一之瀬くんも一人で行動しているんだと気付く。折角だし声を掛けようかな、そう思って立ち上がった矢先。
一之瀬くんの視線の先に、青い髪の女の子が立っていた。此処から少し離れている上に遊園地内はざわついたり音楽が流れたりと全く会話が聞き取れない。何を話してるんだろうと考えている内に、一之瀬くんは女の子について歩いて行ってしまった。女の子は慣れた様子で一之瀬くんを先導していく。地元の子だろうか。


(え…?)


ちくり、と胸の奥深くが痛んだ。突然のことにわけが分からず胸をそっと片手で押さえる。別に外面的な痛みではない。きゅうっと心臓が締め付けられるような、そんな痛み。それに戸惑っていると、いつの間にか一之瀬くんを見失っていた。何処に行ってしまったんだろう。そう思った時には痛みは弱まっていて、自分自身に首を傾げる。


(気のせい、かな)


私は深く息を吐き出してもう痛みがないことを確認してから、もう一度先刻一之瀬くんが立っていた場所を見つめた。あの女の子は誰だろう、何処に行ったんだろう、真剣な表情だったな、そう色んなことを考えながら。
痛みの意味なんて、知らずに。














「あれ、一之瀬くんは?」
「一之瀬なら、外に出て行ったみたいだよ」
「みんなちゃんと探してるのに、何処行ってるんだ」
「仕方ない、外に行ってみようぜ」


あの後集合場所でみんなと落ち合い、結局みんな分からなかったと知った。私はまだぼうっとしていて、脳裏に描かれるのは女の子と一之瀬くんの姿。吹雪くんが女の子たちに聞いたということでみんなが足を進め始めて、はっと我に返った。


「…大丈夫か?ゆい。ぼーっとしてるみたいだけど」
「あ、あー…うん。大丈夫、ごめんね。行こ、円堂くん」


話しかけてきた円堂くんの隣に立って私はみんなの後についていった。結構な大人数の上にこのユニフォームだからだろうか、時々ちらりと私たちを振り返る視線に刺されながら。


「…なんか元気ないな、ゆい」
「えっ」
「さっきからずっと黙ってるし」
「そ、そんなことないよ。ちょっと考え事」


さすがキャプテンは鋭いなあと思いながら笑いかける。なんであの二人の姿が頭から離れないのか、それから、二人を見た瞬間の胸の痛みはなんだったのか。病気なわけもないし、と首を捻る。結局、結論は出なかった。

しばらく歩いて行って止まった先はお好み焼き屋さん。本当に此処なんだろうかと外装を眺めていると、円堂くんがガラガラと戸を引いた。みんなと同じように私も中を覗き込む。と、そこにはさっきの女の子と向かい合ってる一之瀬くんの姿。


「あっ、円堂!」


円堂くんを見てぱあっと表情を輝かせる一之瀬くん。それからみんなに視線を向けて、私を見た。「藤城も!」そう言って私にも笑いかけた一之瀬くんは席を立つ。それにしても一人だけお好み焼きを食べていたなんてずるいな、と考えていた刹那のこと。女の子は一之瀬くんの行く手を阻むように腕を突き出した。


「あんた、うちの特製ラブラブ焼き食ったやろ?あれ食べたら結婚せなあかん決まりやねんで!」
「けっ、結婚!?」


みんな声を揃えて叫ぶ。な、に?結婚?え、一之瀬くん結婚するの?あれ?しばらく脳内で色々考えた結果、


「い、一之瀬くんが、結婚…?」


少し遅れて私も呟いた。辺りを見渡すとみんな目を丸くして驚いている。それもそうだろう、一之瀬くんを探しに来たら彼が結婚するとかどうとかそんな話を聞かされて。呆然と立ち尽くしていると女の子はすらすらと言葉を紡いでいく。エイリア学園は私たちだけで倒せとか、幸せな家庭だとか。
ふと気付いた時にはみんなが外に投げ出されていた。我に返った私は慌てて女の子に話しかける。


「そ、そんな急に…!一之瀬くんは大切な部員で、」
「そんなんもう遅いわ、だってもうダーリンはうちと幸せな家庭を築くっちゅーこと決めてもたからなー。はいはい、あんたもお好み焼き食わへんのやったら出てってやー」
「あっ、や、ちょっと、」


独特の喋り方でダーリンだとか言う女の子にぐいぐいと背中を押され、私もみんなと同じく外に出されそうになる。と、そこで一之瀬くんが声を荒げた。


「ま、待って!結婚とかそんなこと言われても、俺困るんだけどっ…」
「お好み焼き食ったんはダーリンやろ?今更言い訳にしかならへんで」
「だから言い訳も何も、一言もそんな話…」
「何も知らずに食べたダーリンが悪いわ。ま、うちと幸せに暮らそ、ダーリン!新婚旅行は何処行くんー?」
「だから…!」


慌てて言い返そうとする一之瀬くんと易々とそれを蹴落とす女の子。私は見ているだけで目が回りそうだった。お店の外で見ているみんなも同じことを思っているんだろう。不意に一之瀬くんが女の子の肩を掴む。真剣な表情で。


「お、俺には、ちゃんと好きな子が…っ」
「え」


ぴたり、と女の子が止まった。同じく私もだ。一之瀬くんには好きな子がいる。そう思うと頭の中が真っ白になった。
彼はそこまで言うと言葉を濁してしまってそのまま俯く。暫く沈黙が続いて、急に大きな笑い声が響いた。女の子の、だ。


「ダーリンってば、そんな冗談効かへんで?うちのダーリンへの想いは誰よりも強いねんからな!」
「えっ、冗談なんかじゃ…ッちょっと!」
「なあ、あんた」


女の子は振り返ると呆然と立ち尽くしたままの私に話しかけてきた。まだ頭は混乱していて状況を把握できない。目を瞬かせて女の子を見ると、彼女は訝しげな視線を私に向けていた。


「な、なに」
「うち、浦部リカっちゅーんやけど。あんた、もしかしてダーリンの彼女なん?」
「はあ…?」
「そうなんやったら、さすがに諦めるけど」


彼女。い、いやいや、まさか、そんな!でも彼女だと言えば一之瀬くんは助かるのか。そんなこと言ってしまっていいのだろうか。彼女じゃないのにそう言って、この女の子…リカちゃんを傷つけてもいいのだろうか。


「わ、私は、一之瀬くんの…っ」


そこまで言って言葉が止まった。ちらりと一之瀬くんを見ると困惑した表情を浮かべている。私は彼の彼女なんかじゃない、でも、一之瀬くんのことが。
…まさかそんなことを言えるような勇気もなく、私は俯いて、リカちゃんの顔を見ないように呟いた。


「と、もだち…です」
「そうなん?なら大丈夫やな!ダーリン今フリーってことやろ?じゃあこれからはうちのダーリン決定やっ」
「藤城…」


掠れたような声が聞こえて顔をあげる。目線の先の一之瀬くんの表情は悲しそうで、瞳は揺れていた。
どうしてそんな顔をするんだろう。私は本当のことを言ったまでだ。幼なじみでもなければ、彼女でもない。彼女だと嘘をついてでもリカちゃんから解放されたかったからか、それとも。…いや、それともなんて自惚れた考え、持ってはいけない。そんなはずは、ないんだから。私の心が、その表情に釣られて悲鳴をあげた。


「友達なんやったらあんたも帰ってもらうでー。ほな、さいなら!」


上手く物事を考えられなくなった私はそのままリカちゃんに押され、みんなと同じく外へ出された。背後でぴしゃりと戸が閉められる音と閉店の立て札。私だけじゃなく、みんな呆然としていた。
どうするんだとかそういう話が聞こえる中、私は会話に加わることすらできない。彼女じゃないことだとか、一之瀬くんのあの表情だとか、リカちゃんと一之瀬くんが二人でいたところだとか、私たち友達であることとか、全てが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。また胸が、痛い。ふと肩を誰かに叩かれて見上げると、飛鳥が複雑そうな表情で私を見ていた。


「…彼女だって言ってやればよかったのに」
「だ、だって、違う…し。それに一之瀬くんは嫌かもしれないじゃん、こんなこと言われたらさ」
「ゆい、」
「わ、私、ちょっと水飲んでくる!あとで戻ってくるから!」


呼び止めるような声も無視して、私は駆け出した。お店の中から聞こえてくる声を聞きたくなくて、そんな光景見たくもなくて。胸の中は負の感情でいっぱいで。
走って、走って、喉が痛くなるくらい走った。どれくらい走ったか分からない。辺りを見渡すと気付けば浪花ランドの観覧車の前だった。


「はぁっ、は…あ…」


一之瀬くんが結婚する。もしそれが現実にならないとしても、一之瀬くんには他に好きな子がいる。私は友達、彼女じゃないんだ。二人を応援しなくちゃいけない。冗談としてでも彼女だと言わなかった自分に、今更ながらとても後悔した。胸の痛みの原因が、よくわかった。


(嫉妬、なんだ)


嫉妬という感情を抱いたのは、初めてだった。一之瀬くんがリカちゃんと一緒にいるとモヤモヤしていたこの気持ちだとか、初めて感じた胸が締め付けられるような痛みとか。私は大きく息を吐き出す。嫉妬を覚えた私が、どんどん嫌な人間になっていく気がした。


「恋なんて…するんじゃ、なかった」


友達が一番幸せで、ずっと一緒にいられて、笑いあえる距離なのに。私はどうして彼にこんな想いを抱いてしまったのか。
ずきん、と。今度は胸じゃなく頭の奥が痛む。眉間に皺を寄せて、思い出すのは曖昧な思い出。


(痛いよ)


胸も、頭も、何もかも。私にこれ以上何を思いださせようというのだろう。なんでもいい、今は何も考えたくない。
痛みを堪えて大きな観覧車を見上げる。一番上を見つめて、昔誰かに聞いたことを思い出した。そういえば、あんな話もあったんだったか。

口の中で呟いた彼の名前は、誰の耳に届くこともなく、溶けていった。



melt,melt

(叶わないならこんな想い、消えてしまえばいい)






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