「俺、今日から兎になるよ」


数学の授業中、必死に黒板を写していると不意に隣からそんな声が聞こえた。なんだ唐突に。それ数学と関係あるっけ?そう思いながら訝しげな表情を浮かべて隣を見ると私の隣の席に座っている一之瀬一哉はにこにこと笑みを浮かべて私の方を見ていた。


「…なに、急に」
「だってなまえ、可愛いもの好きだろ?」
「好きだけど…なんでそうなるの」
「俺が兎になったらもっと好きになってもらえるかなあと思ってさ」


いい案でしょ。そう言ってまたにっこり笑う。彼はそれなりに容姿もいいし、女の子たちにきゃあきゃあと騒がれるような存在だとしても確かにおかしくはない。けれど一之瀬は、あれだ、ちょっと馬鹿なんだ。いや、勉強は私よりできるんだけど…そういう意味じゃなく。


「どうやって兎になるの」
「外見的なほう?ならウサミミでも買ってこようか。黒と白どっちがいい?」
「今数学の授業中」
「釣れないなー」
「あんまりうるさいと先生にチクるからね」
「ははっ、なまえってば怖い!」


笑いながら言われてもむかつくだけなんだけど。もやもやする気持ちを吐き出そうと溜息を吐いていると「本当はね、」とまた一之瀬が口を開く。


「内面的な意味で兎になろうかと思って」
「なにそれ。寂しがりやになるってこと?」
「まあ、それもなんだけど。ねえなまえ、知ってる?」


そう言うと唐突に一之瀬が私の耳元に顔を寄せた。運良く私たちは一番後ろの席だから誰かに気付かれることはなかったけれど、それでも授業中に何をするんだこいつは!そう思い一発殴ってやろうかと思った矢先、耳元で囁かれた言葉。


「兎はいつでも発情期なんだって」


私はペンケースを握り締めるとそれを勢いよく一之瀬の頭に振り下ろした。


「この変態!」



title//Aコース
100306/寄るな、触るな、この変態!

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