※風丸が狂ってる
私はただ走る。息が切れても、靴が脱げても、胸が痛くても、そんなの気にしていられない。ただ走る。石に躓いて豪快な音を立てて転んだ。ああ、痛い。そんなことを思っているうち、私の背後でじゃり、と土を踏みしめる音がする。
「なんだ、鬼ごっこはもう終わりか?」
冷たく感情の篭らない声が私に降りかかる。どくんどくん、どく、ん。鼓動がやけにうるさい。
「なあ、なまえ」
ひんやりと冷たい指先が私の首筋に触れる。冷や汗が伝う。振り返ることができない。「あ、」と掠れた声が漏れた私に対し、風丸は嬉しそうに喉を鳴らした。
「考え直せよ、俺ならずっと大切にしてやるぜ?」
「い、やだ…は、離してっ…!」
風丸の腕を振り払おうとした、そうしたのに、風丸はそのまま私の首を強く掴み、締め上げる。転んだままの私の身体は一瞬で反転し、視界に映るのは満点の星空と、青い髪と、私の首をギリギリと締め付ける風丸の腕。背中に感じるコンクリートが昼間の太陽の熱を吸収し、少し温かかった。
「ぐ、う、」
「悪いな、欲しいものは何がなんでも手に入れる主義なんだ」
「あ…!」
「なまえ、俺の玩具になれよ」
少しでも多く酸素を求めようと必死に開く私の口を邪魔しようと風丸はひたすら手に力を込める。嫌だ、嫌だ、死にたくない。玩具にもなりたくない。きらきらと輝いていたはずの風丸の眼の中はひたすら真っ暗闇が続いていて、私の意識は少しずつ朦朧としていく。
「壊れるまで傍に置いてやるから」
もう声も出ない。白んでいく視界の中、最後に見たのは満面の笑みを浮かべる風丸の姿だった。
「なまえ、世界で誰よりも愛してる」
私は、闇に呑まれていく。
100303/In the dark