ぽちゃん、そんな音がして私の目の前で彼はにっこり笑う。私たちの間には机があって、マグカップが二つ。そこから湯気が立っていて、私は手を温めるようにマグカップを両手で覆った。


「それで、僕に何か言うことない?なまえちゃん」
「あー、えー、色々ありすぎて何から言えばいいのやら」
「うん、じゃあまずはなまえちゃんが一番申し訳ないと思うことから言ってもらおうかな」
「すみませんごめんなさい本当に心の底から申し訳ないと思っています」


一息で言い切ってちらりと吹雪くんへ視線を移す。相変わらずの笑顔、けれどその笑顔の裏には明らかに怒りが浮かんでいた。それもこれも本日のおかしなイベントが引き起こしたことである。バレンタインデー、日本では女の子から男の子にチョコレートを送って好意を示すもの。私ももちろんチョコレートを作ったのだ、大好きな吹雪くんのために。けれど友チョコとしていくつか作ってサッカー部のみんなに差し入れとして持っていったら、どうしたことか、全て食べられてしまったという。後から来た吹雪くんは唖然。そして今私の家に乗り込んできているというわけである。


「多めにたくさん作ったの!吹雪くんの分もあったの!でも食べられたの!」
「僕の分だけ別に避けておいてくれなかったんだ?」
「う…まさか全部食べられるなんて思ってもなくて…」
「折角なまえちゃんのチョコ楽しみにしてたのになあ」


少しむっとしながら呟いた吹雪くんはまたぽちゃん、という音をさせる。


「バレンタインは終わっちゃうけど、でも、その、また吹雪くんにだけお菓子作るよ!」
「僕はバレンタインデーに貰いたかったのに」
「だ、だから本当にごめんって!なんでも好きなもの作るからさ、許して!」
「はあ…」


憂鬱だ、そう言いたそうな表情を浮かべて吹雪くんは溜息を吐いた。そしてぽちゃん、という音。


「僕なまえちゃんからのチョコレート期待して他の子から貰わなかったのに」


ぽちゃん、


「バレンタインデーにチョコレート1つもらえないだなんて」


ぽちゃん、


「本当、悲しいなあ」


ぽちゃん、


「残念だなあ」
「本当に心の底からごめんなさい」


吹雪くんの棒読みの台詞が胸に突き刺さる。何も言えない私は俯いて謝るだけ。すると不意に頭の上から「まあいいや」と軽い声。え、急にどうしたんだ、さっきまでの暗い声は何。そう思いながら顔をあげるといつもの笑顔を浮かべる吹雪くん。


「僕はなまえちゃん自身をもらうから」
「…ん?」
「チョコレートはないんでしょ?じゃあ何でもいいからバレンタインの贈り物をしてもらわないと。三月にお返しできないしさ」


これからの行為を安易に予想することができて頬が引き攣った。けれど私に拒否権なんてあるはずもない。何も答えることができず「ああ、うん…」と返事をすると共に机の上を何かが引き摺られる音。私の目の前にあったピンク色のマグカップが吹雪くんによって彼の目の前にあった水色のマグカップと入れ替えられていた。


「まあ、まずはこの紅茶でも飲んで」


水色のマグカップの中からは、入れすぎた角砂糖が今にも溢れんばかりに詰まれている。もうこれは紅茶ではない、紅茶風味の角砂糖がマグカップに所狭しと詰め込まれているだけだ。顔を上げれば吹雪くんの笑顔、俯けば角砂糖。ああ、まずはこの難関を突破するしかないのか。憂鬱な気持ちが私の胸を支配したと同時、私の携帯のデジタル時計が15日を告げた。



100214

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