聞こえるのはシャワーの音だけ。反響するそれは幾重にもなって私の耳へと届く。服も着たままぬるいシャワーに打たれているのは私で、髪も何もかも濡れている。当初はこんな予定じゃなく、ちゃんと服を脱いでお風呂に入る予定だった。が、それは叶わなかった。私の両手は目の前の人物によって押さえられていて浴槽に腰掛けることを余儀なくされている。そして私を抑えて水浸しにしている張本人は、普段の無邪気な笑みと違って妖美な笑みを浮かべる一之瀬一哉である。


「…濡れた」
「うん」
「私が今何しようとしてたか分かってる?」
「風呂に入ろうとしてたんでしょ?」
「分かってるなら手を離してさっさと此処から出て行って欲しいんですが」


にこにこ、にこにこ。未だに笑みを浮かべたままの彼が私の腕を握る手に力を込めた。私だけじゃなく一之瀬もシャワーに打たれて濡れてしまっている。何を目的でこんなことをしているのか、私には分からなかった。


「聞いてる?」
「うん、でも出て行けない」
「なんで」
「なまえのこんな格好見ちゃったから、かな」


そう言って私の首筋を彼の指が這う。突然のことに肩を震わせると満足げに一之瀬が笑った。


「濡れた服着てるって、なんかやらしいよね」
「…こうしたのは何処の誰」
「ははっ、俺だといいな。他の男の子になまえのこんな姿見せられないや」


ちゅ、と小さなリップ音。けれど反響して大きく響いたそれは私の耳に届いて、首筋に吸い付かれたのだと気付く。一之瀬が影になって鏡は見えないけれど、きっと彼が吸い付いた部分は制服を着ても見える部分。


「っ、ちょっと…やめ、」
「仕掛けたのは俺なんだけどさ」


さすがに静止を掛けようと声を荒げるものの不意に耳元で囁かれた言葉に普段のような余裕が含まれていないような気がして口を噤む。一之瀬は両腕を抑えたままぎゅうっと効果音がつきそうなくらい強く私を抱きしめた。耳朶に触れる吐息が擽ったくてそっと身を捩る。


「なまえ、俺我慢できそうにない」
「は、はあ…!?」
「先に謝っとく、ごめん」


私と一之瀬の間に少し距離ができる。見上げることで確認できた彼の表情は声色通り少し余裕の無さそうな笑みだった。元気に跳ねている髪が水分を含んで今は元気無く垂れていてその先から水が滴り、頬を伝い、私の腕へと落ちる。不本意ながら胸が高鳴るのを感じた(だって一之瀬が、かっこよく見えるなんて!)。


「あ、謝ったって私は認めたわけじゃ…っ」
「じゃあ認めなくていいよ、大人しくしといてくれれば」
「そういう問題じゃなくて!」
「遠慮なくいただきます」
「遠慮して!」


両手首を簡単に片手で纏めてしまうと空いた手で私の頬に触れる。優しい手付きにまた心音が早くなっていく。どうやら頬が熱いのはシャワーに当たっているからという理由だけではなさそうだ。「なまえ」と私の名前を囁く一之瀬の顔が近づいてきて、私は自然と瞼を下ろす。
私の髪から垂れた水滴が湯船に落ちて、ぽちゃんと小さな音を立てた。




100131/水滴と浪漫

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