※闇堕ち一之瀬




一之瀬くんの笑顔が、普段と違う。いつものような笑顔だけれど、何処か違う。不審に思って首を傾げた。


「一之瀬くん?」
「なに?みょうじ」
「なにか…あった?」
「…」
「なんだかいつもの一之瀬くんじゃないみたい」


一之瀬くんは一之瀬くんだからそんなわけないんだけど。そう言って笑った。いつもの一之瀬くんなら「そうだよ」とか言って一緒に笑ってくれる。けれど今回は違った、違和感の拭えない笑みを浮かべたままじっとこっちを見ている。


「俺、変かな」
「え?変ではないと思うけど…」
「いつも通りにしてたつもりなんだけど」


みょうじにはバレちゃったなあ。愉快そうに笑うその表情も、私が知っているのとは少し違う。


「俺がいつも笑ってる理由、知ってる?」


唐突に投げかけられた質問に、私は少なからずたじろいだ。だって笑う理由を考えながら笑うことなんてないし、そんな経験私にはなかったから。一之瀬くんは一歩私に詰め寄った。


「笑ってれば何も考えてないように見えるだろ」
「それって、どういう…」
「だから俺が何を考えているかなんて、誰にも分からない」


笑えばいいだけだから楽だしね。にっこり。一之瀬くんの笑みがまた変わった。いつものような明るい笑みだ。ただ今のこの会話さえなければ私は一之瀬くんに何の疑問も持たなかったというのに。


「一之瀬くんは、笑顔の下で何を考えてるの?」
「んー、そうだな」


顎に手を添えながら考え込む一之瀬くんは普段の様子と然程変わりはない。けれど顔を上げて発した言葉は、普段の彼のような言葉ではなかった。


「物事全てを疑ってる。世界が汚く見えてる。力を持ってない人間が足掻くだなんて愚かだって考えてる。口で言えるような綺麗事はこの世に存在しないと思ってる」


いつも前向きなことを言う一之瀬くんとはまったく逆の言葉。瞳が揺れた。


「でも笑顔があるから、俺がこんなこと考えてるなんて思いもしないだろ?」
「一之瀬、くん…?」
「笑顔を取ったら、すぐにバレるから」


そう言って片手で顔を覆いながらくすくすと笑う一之瀬くん。太陽みたいな一之瀬くんは、もう、私の前には居なかった。手を離して真っ直ぐに私を見る一之瀬くんは口元だけで微笑んでいて、目にはとても冷たい光を灯している。


「今は力が欲しいとは言わない。でも…そうだな、信じる力とかいうのには頼りたくない」
「それって、」
「うん、円堂の考えには反対ってこと」


あの監督もよく分からないし。肩を竦めながら言う一之瀬くんは冷たい瞳のまま。どうしてそんな表情ができるんだろう。あんなに明るい笑顔を浮かべていた一之瀬くんが、どうして。


「でも暫くは円堂の考えに賛同するフリをし続けるつもり」
「キャプテンを騙すの…?」
「ニュアンスの違いってやつかな。…だから、このことは俺とみょうじだけの秘密だよ」


口元に人差し指を添えて、また一之瀬くんが一歩近づいてきた。動けない私の目の前に来た彼はすぐにまたにっこりと笑みを浮かべる。笑顔の下に本性を隠して。


「まあ言っても誰も信じないと思うけどね」
「…」
「力が必要になるまでは大人しくしてるよ。だから…わかった?みょうじ」


内緒だよ。囁くようにそう言って一之瀬くんの唇に触れていた人差し指が私の唇に触れる。冷たく笑う一之瀬くんの瞳から逃れる術を、私は、知らなかった。



100126/ダークヒーローが嘲笑う

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